現在は英語が世界での共通語として使用されているように、「中国語が分かれば世界の人と話せる」という言語になることは可能なのだろうか? 15ヶ国語以上を操り世界中で言論活動を行う李久惟(リ ジョーウェイ)氏が、それぞれの言語の特徴を紐解きながら中国語が世界語になる可能性について解説します。
※本記事は、2016年3月に発売された李久惟:著『台湾人が警鐘を鳴らす“病的国家”中国の危うさ』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
中国語は世界語になり得るのか?
中国語(日本語で言う「標準語」)は、中国国内では「普通語(プートンホワ)」、または「北京語(ベイジンホワ)」と呼ばれる。中国で人口が13億人を超えると言われている現在、国内での中国語の「使用状況」はどうなっているのだろうか。
中国の公的機関の調べでわかったことは、日々中国語を使用している人は53%と半数ちょっとで、中国語方言を使っている人が86%、少数民族言語を使用している人は5%ぐらいとなっている。
つまり、中国語の使用状況は13億人の約半分の6億人に、海外の華僑人口の3000~5500万人を足した数である。中国国内でも、中国語で意思疎通はできたとしても、普段あまり使わない人がけっこういるということだ。
広大な中国では、ひとくちに「中国語」といっても、地域によって発音やアクセントに大きな違いがあり、北部の北京語、上海周辺の上海語、南部の広東語など大きく7つの方言区分がされている。これらは英語とドイツ語、あるいはフランス語の関係のように、お互いに影響はあるものの大きな違いがあり、上海や広東省の人が地元の言葉で話したら、北京の人にはまったく理解できないほどだ。
さて、現在地球上では、英語がいつの間にか世界中の人たちに使われ、世界の共通語の役割を担っている。果たして、中国語も世界の共通語になり得るのだろうか。
まず英語の特徴だが、もともとイギリスという狭い地域でしか話されていないだけに汎用性に欠ける言語に思われがちだが、実は英語そのものはチャンポンで混ぜこぜ、なんでもありの言語なのである。
イギリスでは、ケルト系(ゲールやスコットと謎のピクト)、ラテン系(ローマの属州時代)、ゲルマン系(アングロ・サクソン族の移動)といった古ヨーロッパ言語の融合、ノルマンディ公のブリテン島征服によりフランス語の貴族層への流入があった。
また、逆にイギリスの世界進出によって世界の言葉を吸収、科学文明や産業革命による大量の新語を創出して世界の先端技術の言語になっており、今もインターネットのIT言語の形成には英語が大きな役割を果たし続けている。
英語は文法的にも易しく、語彙の変化も単純で習得しやすい言語である。ヨーロッパのほかの言語は時制による動詞の変化が激しく、単語によって男性・女性名詞の区別があったり、言語によっては中性名詞まであったりして、わずらわしいことこの上ない。
では、中国語はどうだろうか。15言語を話す筆者の視点から考えてみたい。
実は、中国語の文法自体は単純で、変化が少ない点は英語に近い要素がある。ただ、中国語の一番の難点は、やはり発音である。「声調」と呼ばれる4つの異なるアクセント(トーン)があり、同じ単語でも意味が違うものに聞こえてしまうのだ。発音がネックになって、中国語学習を挫折した人をこれまで大勢見てきた。
文字に関しては、たった26の表音文字を組み合わせるだけの英語に比べると、表意文字の漢字は何万字もあるので、漢字不使用の国の人たちにとっては、漢字を覚えるだけで大変な苦労だ。ただ、漢字を使い慣れた日本人にとっては、中国の漢字の読み書きなどは難しくはないだろう。日本では、漢字に加えてひらがな、カタカナまで覚えるのだから、中国語の読み書きに関しては問題ないはずだ。
とは言え、文字のほうも一筋縄ではいかない。新中国成立後、中国政府は文盲率を減らすために、漢字の画数を減らして簡略化した文字「簡体字」を数多く作ったからだ。
一方、新中国政府の影響下になかった香港や台湾、シンガポール、海外の華人社会では、簡略化前の元の漢字、すなわち「繁体字」が現在でも使われている。
簡体字は、元の繁体字との差が比較的少ないものもあれば、簡略化され過ぎて別の文字のように感じさせるものもある。いずれにせよ、文字に味わいがなく深みもない。
また、日本では「常用漢字」として独自に簡略化した漢字もある。まったく共通する漢字もあるが、同じ漢字でも三者でまったく異なる形になってしまっているものもある(例:繁体字の「廣」、日本漢字の「広」、簡体字の「广」)。
こうして総合的に考えると、難しい発音、文字に対する慣れ、単語と単語が組み合わさって新たな意味をなすという難点があるがゆえに、使用が中国語圏に限られている中国語が世界の共通語となるには、道が遠いと言わざるを得ない。