日本は在日米軍に毎年莫大な金額を払い続けています。有事の際には米軍が出動するから、と考えれば仕方のないことだと思うかもしれませんが、危機感が高まる尖閣有事に米軍が出動する可能性は極めて低い、と元内閣官房参与で、京都大学大学院教授(レジリエンス実践ユニット長)である藤井聡氏は忠告します。

なぜ、そのような危険性を孕んでいるといえるのでしょうか。それには、今年8月に行われたアメリカ合衆国下院議長ナンシー・ペロシ氏による台湾訪問が示していると藤井氏は明かします。世界に「弱腰な米軍」のイメージを決定づけた「台湾危機」とは一体なんだったのでしょうか。

令和4年の台湾危機で米軍の弱腰が決定的に

事実、令和4年の8月の台湾危機における米軍の振る舞いから、尖閣有事の際に、米軍が日本を守る為に出撃するとは考えがたい、という実態が改めて浮き彫りになってしまいました。

ここではその顛末を詳しく紹介することとしましょう。

令和4年の8月、アメリカのペロシ下院議長が国内における様々な反対を振り切って台湾訪問を強行しました。

これに対して、中国は凄まじく反発。

その結果、大量の中国海軍がこれまで半世紀以上にわたってギリギリのバランスが保たれてきた台湾海峡における「中間線」をあっさりと乗り越え、台湾を6方向から包囲する布陣を引いた上での、実弾を使った軍事訓練を開始しました。

台湾政府はこれを、台湾上陸作戦の軍事演習であると断定し、中国政府を批難、いつ何時台湾侵攻が始まっても即座に対応できるような臨戦態勢を整えるに至ります。

一方で米軍も、この中国の中間線をまたぐ軍事オペレーションを、米国が批難し続けてきた「力による現状変更」に繋がる軍事行動であるとして徹底批難します。そして、空母ロナルドレーガンを中心とした攻撃群を、「万一のケース」に備えて台湾西部に配置するに至ります。

そして迅速な「有事対応」を可能とするために(そして、今後の軍事戦略上有用となる情報を収集するために)、中国軍の動きをつぶさに監視する体制に入ります。

こうして米国と中国との間の勢力均衡点(線)は、半世紀以上も台湾海峡であったにも拘わらず、中国の強硬な軍事戦略によって破られてしまい、台湾海峡よりも東側に、台湾周辺海域まで勢力均衡点(線)が移動するリスクが生じてしまったわけです。

これはまさに、アメリカ側が懸念する「力による現状変更の試み」に他なりません。

したがって、米軍は今こそ、この中国による「力による現状変更の試み」を阻止する実力行使が求められたのです。

しかし、米軍はそうした実力行使を行わなかったのです。

四半世紀前、今回と類似した中国の台湾に対する軍事的威圧行為がありました。一般に「台湾海峡ミサイル危機」と呼ばれるもので、台湾で中国からの独立を主張する李登輝氏の優勢の観測が流れたとき、中国の人民解放軍が選挙への恫喝として、ミサイルの実弾を実際に発射する軍事演習を強行したのです。

この時、当時の米軍は、「台湾海峡」を横切り、中国を威圧し、中国軍が中台中間線を跨いだ軍事的行為を抑止することに成功しました。

ただしこの顛末は、中国にしてみれば誠にもって「苦い経験」となったのであり、その後中国は、軍の近代化を加速してきたのです。

そして、今、また同じような状況が、ペロシ下院議長の訪台によって生まれたのです。

しかし、軍の近代化を四半世紀続けてきた中国軍は、かつてよりも圧倒的に自信を深めていたのです。だからこそ、四半世紀前には到底できなかった「中間線を渡って6方向から台湾を包囲する」という軍事作戦を敢行したのです。

そしてこの時米国は実際に、中国の中間線を渡る軍事作戦を阻止するためにロナルドレーガン空母攻撃群が台湾海峡を横切るという、かつて行った中国を「威圧」するというオペレーションを実施することができなかったのです。すなわち、米国は中国の「暴挙」を阻止する軍事オペレーションが、かつてのようにできなくなっていることを、白日の下に晒してしまったわけです。

これはもちろん、四半世紀前と今日とでは、中国の軍事力は雲泥の差があり、米中の間にあった台湾海峡を巡る軍事力格差が、かつては圧倒的なものであったものの、今日ではほぼ無くなりつつある、ということを反映してのもの。つまり、台湾海峡における米中のパワーバランスが大きく変化していることが、今回米軍が台湾海峡を横切らなかったという事実によって、「確定」してしまったわけです。

これは、大変に大きな意味を持ちます。

台湾海峡における米中のパワーバランスがこの四半世紀で大きく変わっている事等、誰もが認識している真実。

しかし、実際に、今回の様な米国側の日和った振る舞いがなければ、パワーバランスの格差の縮小が国際社会において「確定」はしないのです。その結果、米国は、実際以上に格差があるかのようなパワーバランスを外交的に保持し続けることが一定程度可能だったのです。

したがって今回の事案は、「やっぱ、アメリカは、中国に対しては弱腰なんだなぁ」という基本認識を国際社会に決定付けることになり、それを通して米軍側に大きな打撃を与えることになったのです(だからこそ、米軍や大統領筋は、ペロシ氏の訪台を何とか止めさせようとしたわけです)。

▲米中のパワーバランスが変化していることを決定的にした イメージ:DSom / PIXTA