インド人のカースト間紛争の激しさ

私が通ったアメリカの大学院では、カースト間の叩き合いに遭遇したことが何度もありました。

その大学ではインドでは決して接触することがなかったカーストの人達が、教室や大学のイベントで顔を合わせることがよくありました。すると日本にいたときでは想像もしなかったような叩き合戦が始まることがあったのです。

ある授業で一緒だったインド人女性Aさんは、最上級の位である「バラモン」階級でした。他の国の学生がいるところでは外交的に明るくふるまっていましたが、裏では異なるカーストのインド人学生の言葉使い、服装、誰と付き合っているか、お金の使い方、食事の趣味などを事細かに観察し、延々と悪口を言っていたのです。

同じクラスにはインド南部の農村出身のSさんという男性もいました。インド最大の都市であるボンベイに出て外資系企業で働いて貯めたお金で留学していたのです。

カーストは下から2番目の「ヴァイシャ」でした。

アメリカでは理系人材や専門性の高い人が不足しているので、インド出身でも学位取得後に就労許可を得てアメリカの企業に勤めたり、起業することも容易なので、Sさんのように留学してくる人が大勢います。

彼は数学に強かったため大学での成績は抜群。都会で一人暮らしの経験があり、服装も趣味も洗練されていました。独身でスマートな容姿で女性にも人気。しかも非常に親切で、他の学生の宿題をよく手伝うので男性からも好かれていました。「子どもの頃は裸足で生活していたんだよ。埃っぽくてね。でも楽しかったよ」というフランクさも魅力でした。

なんでも気軽に話せるSさんは、遊び盛りの20代の学生の間でたちまち人気になりました。インド人学生はわりと保守的な人が多いのですが、彼は欧州やアメリカの学生のパーティーにも誘われ、週末はクラブにも繰り出していました。カーストやインドの慣習にこだわらない自由な態度でアメリカに溶け込んでいたのです。

しかし、先述した最上階級の「バラモン」で大都会デリー出身のAさんにとって、下から2番目の「ヴァイシャ」であるSさんは成り上がり者にしかすぎません。自分は生まれたときからお手伝いさんがいる家庭で育ち、アメリカとインドはファーストクラスで往復するなど、Sさんとは生まれながらの身分が違う。

ただ残念なことに、彼女は社会に出て働いた経験がないので話が面白くない上、保守的な家庭出身なので、服装もダサく、行動もどん臭い。Sさんにはどうやっても勝てません。

そこで、Aさんは同じカースト、同じような経済力のインド人学生と結託し、執拗なSさん叩きをはじめました。

彼はカーストにはふさわしくない行動をとっている、南部の田舎出身だ、勉強を教えることで見えを張っている、目立ちたがり屋だ、独身なのに不純異性交遊はケシカラン等々――ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に登場した姑(しゅうとめ)のような悪口の雨あられ。村八分、悪い噂を流す、など、ありとあらゆる妨害工作に精を出します。悪口の言い方も凄まじく、廊下や教室など、他の人がいるところで堂々と言うのです。

日本人やアメリカ人からすると、Sさんの行動はごく普通の学生で特に問題はないのですが、Aさん達にとっては「自分のカーストにふさわしくない行動」であり、「自分達が定義するインド人の典型とは異なる考え方」をするSさんは天誅を食らわすべき対象だったのです。

ご紹介したのはインド人の話ですが、会社で別の派閥に所属する人を叩く日本の職場や、帰国子女を叩く日本の学校の風景によく似ています。

「本来あるべき姿」から外れるということは調和を乱すことになるので、その社会の伝統的秩序に忠実な人々にとっては許せないことであり、「叩かれる」対象になってしまうのです。

▲「普通」から外れた人を叩きたがる イメージ:WinWin / PIXTA