イタイ一般人に舐めさせられた辛酸

同棲を始めてから、しばらく経ったある日のこと、短大時代の女友達S子から結婚式の連絡がきた。短大時代といえば、何も考えずにアホなことができた、俺の人生のなかで、もっとも充実した楽しい時間だった。

当時は男女問わず、みんな仲が良く、約20年ぶりに会いたい気持ちはあったが、どうやら彼女は大阪に住んでいるらしい。大阪までの往復の新幹線代に、ご祝儀代3万を包んで二次会に行けば、おそらく8万はかかるだろう。

売れない芸人から8万を奪ったら、その月は生きていけない。行きたい気持ちはあるが、正直断りたい。

すると、S子から往復の新幹線代にご祝儀代も全部出すから、余興でもやってほしいとオファーがあった。きっと金がない俺を見かねて助け舟を出してくれたのだろう。

いい歳して、友達の結婚式に手ぶらで行くのも申し訳ないが、その申し出を受けることにした。8万円の貸しは俺が売れたら絶対に返すつもりだった。

結婚式では、R-1決勝で披露した「お前誰だよロックンロール」を選んだ。一応R-1ぐらんぷりのファイナリストだし、芸人としてそこそこ胸を張っていっていい勲章だってある。俺は自信を持って友人のために余興を披露した。

結婚式では20年ぶりに会う友人と昔話に花が咲いた。だが二次会で事件が起こる。主役のS子は関西人だったので、主役でありながら巧みなトークで周りを笑わせていた。そして俺のほうを見て「ホラ! 芸人が負けてるよ! これじゃぁどっちが芸人かわからんやーん!」と上機嫌だった。

俺は10年以上前に作った「芸人より面白いと思ってるイタイ一般人」のコントを思い出していた。俺が作ったコントと一字一句変わらず同じことを言っている主役を醒めた目で見つめる。

身内を身内ネタで笑わせることと、舞台に立って知らない人を笑わせることが、どれだけ違うかなんてわかるはずないし、そんなこと説明するのも大人気ない。ダメだ、ダメだ。仮にも本日の主役に、イタイなんて感情を持ってはダメだ。冷静になるんだ、俺。俺は「負けて悔しそう」な顔をして、強い酒を一気にあおった。友人たちはそれを見て、さらに盛り上がった。

翌日は友人たちと車で大阪観光をする予定だった。助手席に座った俺に、S子が後部座席から聞いてくる。

「彼女いるの?」

「一応いるんだけどね。結婚しようという気持ちはあるんだけど、なかなか踏ん切りつかなくて」

「いや無理やて。この歳で売れてなくて金のない男と結婚してくれる女性なんて、いるわけないやん!」

ふと短大時代のS子を思い返した。そういえば「デートに行ったのに割り勘にされた」「飲み会は男が多めに払うのは当たり前」とお金に厳しい女性だったな。S子の価値観からしたら、40歳目前で金のない男と結婚する女なんているわけないということだ。

東京にいる彼女の顔を思い出す。プロポーズしてないだけで、プロポーズしたら喜んでOKしてくれると思うんだけどなぁ。S子は、金を払ってもらってノコノコ結婚式に来るダメな俺に腹が立っていたのかもしれない。