息子の記憶から抜け落ちた私・・・
さあ、卒園式が始まった。もう泣きそうだ。
お母さんたちは前方に座り、お父さんたちは後方でカメラを構える。真っ赤な髪の毛の妻も、時折うつむき涙を拭っている。それを見て鼻の奥がツンとする。
あんなに小さかった息子がしっかりと歌っている。ダメだ、父ちゃんの持つカメラが震える。園長先生が名前を呼び、一人一人起立して、園長先生から卒園証書をもらう。
そのあとは、手にした卒園証書をお父さんかお母さんに渡すというセレモニーが待っている。そのときに園児がひと言を言うのだ。
「お母さん、毎日ごはん作ってくれてありがとう」
「お父さん、小学校に行っても頑張るね」
「お母さん、いつも遊んでくれてありがとう」
みんな一生懸命に練習したのだろう。教室内は保護者たちの感動と涙であふれていた。そして、我が息子の名前が呼ばれる。私はすでに前が見えないくらい泣いていた。
園長先生から卒園証書をもらう息子。赤髪の妻が立ちあがり、息子と向かい合って立つ。息子は何を言うのだろう。
その瞬間を逃してはいけないと、涙で霞む視界の中、必死にカメラを向ける。感動のひと言を言ってくれるはずだ……ゴクリ。
「お母さん、いつも保育園に連れて行ってくれてありがとう」
(へ……?)
いやいや、保育園生活を100とするなら、98は私が毎朝連れて行ったはずである。息子よ。父は……父との日々は……?
いや、もちろん妻は食事を作ったり、服の洗濯や用意をしてくれていた。子供の世話は私だけがしてるなんて言うつもりは毛頭ない。ただ、ただ、保育園に連れて行くという日々の行為だけは、ほぼ私がしてたんだ。
そう思ったら、吸水シートを入れたくらい涙が引っ込んだ。急に視界が開ける。息子は満面の笑みだ。練習どおりできたんだろうな。
妻も引き続き泣いている。そして、ちらりと私を見た。「なんだか悪いね」、そんな顔をしていた。
息子と過ごした保育園への道のり、あの輝かしい思い出は、私の脳みそだけにあるのか。いや……もしかすると、父親とはそういうものなのかもしれない。私の父親だって、こんなことを何度も経験したのだろう。きっと父親の脳にしかない記憶がたくさんあるのだ。
普通に考えたら割に合わない。でも父親はそんなもんなのだ。「いや、俺が連れて行ってたやん!!」と卒園式で叫ばなかっただけ合格点だろう。
卒園おめでとう。これからも私だけの記憶をたくさん刻もうと思う。
(構成:キンマサタカ)