NHK大河ドラマ『どうする家康』では、有村架純さん演じる正室・瀬名が煎じた薬湯を苦そうに飲む場面もありましたが、徳川家康は健康に気を使っていたと言われています。織田信長が「人生50年」と歌った戦国の世にあって、75歳まで生きた家康のライフスタイルには現代人も学ぶところがありそうです。家康が長生きできた理由を歴史家の濱田浩一郎氏が紹介します。

若い頃に麦飯を食べていたのは節約のためだった!?

徳川家康は「健康オタク」として有名な戦国武将ですが、それではどのような「健康生活」を送っていたのでしょうか。江戸時代中期に刊行された『武将感状記』には、家康は毎年夏中は、麦飯を食べていたと記されています。「三河において」と書いてありますので、家康がまだ若い頃の話でしょう。

あるとき、家康の側近くに仕える者が、密かに、お椀の底に白米の飯を入れ、その上に麦飯を少しのせて、家康に提供しました。(殿には、美味しい白米を食べていただきたい)――近侍の者は、そうした思いで、家康にお椀を差し出したと思われます。

家康は喜ぶかと思いきや、案に相違して不機嫌となります。なぜか。家康は言います。

「お前は、私の心がわかっていない。ケチだから、私が麦飯を食っていると思っていたのか。今は戦国の世。戦のない年はない。士卒(士官と兵卒)も、寝食を忘れて働いている。そのような状況で、なぜ私だけが飽食することができようか。私の身の回りのことで必要のないものは、できるだけ省いて、戦時の費用にしているのだ。百姓だけを苦労させて、どうして私だけが豊な生活を送ることができようか」と。

その家康の発言を聞いた者は、皆、感服したと言います。自ら進んで麦飯を食べて、倹約に努める理想のリーダー像が垣間見えますが、麦飯というと、食物繊維・タンパク質・ビタミンを多く含む健康食品として現代でも重宝されています。戦国の世にあって、75歳という長寿を達成した家康。長寿の秘訣を麦飯に求める説もあります。

▲家康が麦飯を食べていたのは節約のためだった!? イメージ:ささざわ / PIXTA

とは言え、麦飯を食べているだけでは、長生きはできないでしょう。現代人が健康診断や人間ドックに行って、医師から言われることは「運動をしましょう」ではないでしょうか。そう、健康には適度な運動が必要なのです。

家康は、鷹狩を好みました。鷹狩とは、鷹などの猛禽類を使用した狩猟のこと。徳川歴代将軍のなかで、鷹狩を最も愛したのは、家康との声もあります。大坂冬の陣(1614年)の帰り道でも、鷹狩をしていることを考えると、家康の鷹狩好きがわかります。

ではなぜ、家康は鷹狩をそれほど行ったのか? 『徳川実紀』(江戸幕府が編纂した徳川家の歴史書)には「 おほよそ鷹狩は遊娯の為のみにあらず。遠く郊外に出て下民の疾苦、士風を察するはいふまでもなし。筋骨勞動し手足を輕捷ならしめ、風寒炎厚をもいとはず奔走するにより、をのづから病など起ることなし」との家康の言葉が記されています。

つまり「鷹狩は、娯楽のためだけにやるのではない。民衆の生活などを検分すること。さらには運動することにより、健康となり、病気をしない」ことを期待して、家康は鷹狩をしていたのでした。

健康オタクが仇になったかもしれない晩年

さて、家康は「薬マニア」としても有名で、さまざまな薬草などを収集、調合したり服用していました。松前(蝦夷=北海道)を領する松前慶広が、慶長15年(1610)4月上旬に、家康の隠居所である駿府に祗候(しこう)した際、家康から「海狗腎」(カイクジン)を進上するように命じられています(『当代記』)。海狗腎とはオットセイのことです。

同書には「此魚を食すれば長命也」(オットセイを食べれば長生きする)とありますので、長生きしたいという思いで、または滋養強壮を期待して、家康は献上を命じたのでしょう。ちなみに「朝も夜も元気になる」ということで、オットセイから抽出した成分(オットセイエキス)を使用した栄養ドリンクは、今でも販売されています。

さて家康は、優秀な医師を周りに仕えさせましたが、片山宗哲もその一人でした。が、家康も「健康・薬オタク」であっただけに、一家言あり、宗哲と衝突することもあったのです。家康は、自ら調合した薬(例えば万病丹)を服用していたのですが、宗哲はその薬は良くないと指摘。服用を控えたほうがいいとアドバイスしたのです(1616年)。

ところが、家康はアドバイスを聞くどころか怒り、宗哲を信濃国(現在の長野県)に流罪にしてしまうのでした。家康が亡くなったのは、それからしばらくしてからでしたので、家康がもし宗哲の言葉に従っていたら、もう少し長生きできたかもしれません。家康も薬や健康に詳しかったのでしょうが、やはり「素人」には違いありません。家康の逸話は、しっかりとした医師の言葉には従うべし、との教訓を我々に与えてくれます。

▲香木・沈香を好んだ家康 写真:edonoyama / PIXTA

家康というと、香木に関心を示したことでも有名です。東南アジアから取り寄せた香木・沈香を好んだとされ、自ら香木の調合をしていました。現在、大河ドラマ『どうする家康』が放送されていますが、ドラマの影響もあり、家康が愛した香木を調合したお香がよく売れているようです。

最上級の香木を所持することが権力の象徴でもあったわけですが、家康は多忙な政務の合間に、香木の匂いを嗅いで、リラックスしたのでしょうか。香木の香りには、リラックス効果(癒しによる健康)があると言われますが、そうしたことも、家康の念頭にあったと思われます。