ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、フィンランドは長年続けてきた中立政策を転換し、2023年4月にNATOに加盟しました。NATOの集団安全保障の枠組みに入ることは、隣国としてロシアの脅威と対峙するフィンランドにとって大きなメリットがあります。しかし、NATO側から見た場合、フィンランドを受け入れるメリットは果たしてあったのでしょうか。博覧強記の郵便学者・内藤陽介氏が解説します。

※本記事は、内藤陽介:著『今日も世界は迷走中 -国際問題のまともな読み方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

フィンランドが徴兵制に力を入れている理由

結論から言えば、フィンランドの加盟はNATO側にも大きなメリットがあります。

冷戦時代以降、フィンランドはソ連・ロシアに対して非常に気を使い、お互いに中立を約束する同盟を結びました。しかし、そのあいだも「実際のところ、ソ連(ロシア)はいつ攻めてくるかわからない」という危機意識は、フィンランド国民560万人には常に共有されていました。

歴史上、何度も隣国ロシアに蹂躙されてきた経験から、ロシアの恐怖が骨身に沁みてわかっているのです。そのため、冷戦が終結したあとも、フィンランドは、軍事・防衛に関しては、かなり力を入れて整備していました。 

▲ヘルシンキにある国会議事堂 写真:Sanga Park / PIXTA

具体的に見ていきましょう。

フィンランドの年間軍事予算は約60億ドル。NATOが加盟国に設定したGDP比2%の目標は、ロシアのクリミア侵攻があった2014年時点ですでに達成しています。

常備軍は2万3000人。18歳以上の男性を対象とする徴兵制が採用されているので、理論上は戦時には28万人まで拡大可能です。また、定期的に訓練を受けている予備役も含めると、90万人まで動員できると言われています。

徴兵の兵役期間は165日、255日、347日です。基礎的な訓練後に各種の訓練を受けて、特別な訓練や技能を必要としない人は一番短い165日、つまり約半年で兵役を終えます。一方、特殊な任務等を志願した人については9か月、12か月と延長されるというわけです。

兵役の終了後には、50歳から60歳まで予備役として登録されます。予備役の人も階級によって年に40日、75日、100日の再訓練に関わる義務があります。また、すべての予備役兵は、フィンランドに対して軍事的な恫喝があったとき、あるいは大規模な悪性流行病が蔓延したときには、戦時体制で緊急動員されます。

さらに、議会の特定の決議があった場合、たとえば本当にロシアが攻めてきたときなどは、50歳を超えた予備役に属さない男性も動員できる体制になっています。

兵役で徴兵される国民は年間約2万7000人で、女性も志願すれば兵役につくことができます。また、進学や仕事、その他の個人的な理由で28歳まで兵役を遅らせることも認められています。

それ以外にも、兵役で訓練を受けている人に家族がいれば、家族に給付金が与えられます。また労働者の権利を守るために、たとえば「兵役で会社を半年休みます」となったときには、その期間、会社はその人をクビにはできません。

このようにフィンランドは、かなり兵役に力を入れて取り組んでいて、社会全体で兵役を支える仕組みが整えられています。少なくとも制度上は、ロシアがいつ攻めてきても迎え撃つ準備、すなわち「自分たちの国は自分たちで守る」ための体制ができているのです。

▲フィンランド軍のF/A-18ホーネット 写真:D2180s / Wikimedia Commons

防衛に関しては世界軍事力ランキング以上?

基本的にフィンランドは、ロシアに攻め込むことよりもロシアが攻めてくることを想定しているので、特に防衛戦に備えています。つまり、大規模戦争というよりも、ゲリラ戦の訓練に力を入れているというわけです。

そのため、フィンランドは、アメリカの軍事力評価機関「グローバル・ファイヤーパワー」が発表した2023世界軍事力ランキングでは51位という数字ですが、国内でロシア軍を迎え撃つ場合には、統計データ以上に強いのではないかとも言われています。

実際、装備もあなどれません。大砲の数だけでいえば、ドイツ・フランスの合計よりも上ですし、主力級戦車も約240台保有しています。その大半はウクライナ支援で送られたものと同じタイプの戦車(ドイツ製のレオパルト2A4とレオパルト2A6)なので、いざ戦争が起こった際にも、他のNATO諸国とスムーズに装備を共有しながら連携して戦うことが可能です。

▲フィンランド軍のレオパルト2A6戦車 写真:MKFI / Wikimedia Commons

また、空軍は、米国製戦闘攻撃機F/A-18ホーネット55機で構成され、空対空ミサイル「AIM-9サイドワインダー」や空対地巡航ミサイル「AGM-158 JASSM」など、アメリカの最新兵器を搭載しています。2026年からは戦闘機も最新鋭ステルス戦闘機「F35」に順次置き換えていく予定だそうです。

さらに、フィンランドは、北極に近いラップランド地方を以前からNATOに訓練場として提供しており、今ではヨーロッパ最大のNATOの空中訓練場となっています。今後はフィンランドの加盟により、NATOの空軍がそこからも出発可能です。

海軍に関しても、実は「グローバル・ファイヤーパワー」の2023世界海軍力ランキングで世界12位にランク付けされるほどの実力を秘めています。

フィンランドにしてみれば、NATOに入ったことで自国をバックアップしてくれる体制が整ったわけですが、 NATO側にしてみても、ロシアと国境を接するフィンランドが対ロシアの最前線にいてくれるのは非常に有益であり、メリットが大きいわけです。

だからこそ、ロシアはフィンランドのNATO加盟を絶対避けたかったのですが、それがとうとう実現してしまいました。ようするに、ウクライナに侵攻したことで、ヘタを打ってしまったわけです(自業自得ですが)。

個人的には、日本が北欧から学ぶべきは、大手メディアが注目しがちな社会福祉政策や移民政策よりも、こうした国防や外交に関する努力だと思います。