劇団イキウメに所属し、舞台での活躍はもちろん、ドラマや映画など映像作品にも出演し、気になる存在感を放つ俳優・安井順平。10月からスタートするNHK連続テレビ小説『ブギウギ』にも出演する安井だが、彼のキャリアは芸人からスタートしている。あまり類を見ない経歴を持つ彼の半生で起きた土壇場とは?

▲俺のクランチ 第38回-安井順平-

留年を経験した暗黒の高校時代

「子どもの頃は、ドリフターズの『8時だョ!全員集合』を毎週見ていて、そして『オレたちひょうきん族』が始まって、この2つの番組をザッピングしてましたね。だからファン心理として、お笑いの人たちに憧れる気持ちはあったかもしれないです。小学生の頃は、ドリフを見た次の日にヒゲダンスを真似したりして友達を笑わせるっていうのは好きでやってました

小学校時代はとても明るい性格だったという安井だが、改めて当時を振り返ると、本当は表に出るのが苦手な性格だったと感じるという。

「“安井ってひょうきんだよな”っていうキャラクターを演じてるまでとは言わないけど、その頃の自分は、本来の僕じゃないような気がしますね。今は、“あんまり僕のことを見ないで……”とか、“僕のことなんてふれても意味ないですよ……”みたいなタイプなので(笑)。

その頃からそういう部分はあったと思うんですけど、完全に隠れてましたね。本当は恥ずかしくて人前に出るっていうことが苦手なタイプなんだけど、それが反転して恥ずかしいことをやっちゃうというか、それをやることで恥ずかしさを克服してるっていう部分があったのかもしれないです。

テレビ番組の芸人さんを見て、恥ずかしげもなく面白いことができることに、リスペクトを抱いていたんだと思います。だから、自分がお笑いをやるなんて、当時は思ってもいなかったですよ」

安井が芸人になろうと思ったのは20歳を越えてからだそうだが、高校時代の彼は現在の活躍からは想像もつかない、暗黒の学生時代を送っていたという。

「高校に入学して、私立の高校に受かった安心感からか、全くやる気がなくて、赤点を取りまくって留年するんです。追試を受けてもダメで、先生の温情で追追試をやってもらったんですけど、追追試の日を間違えるっていう失態をしまして……。連絡が来て、慌てて学校に行って追追試を受けたんですけど、“追試と追追試は同じ問題を出す”って言われてるのに、点数が取れなかったんですよ。

それで、同じ学校で1年生を繰り返すんですけど、担任の先生が三者面談で母親が泣いてる正面で“安井くんは編入して新しく頑張れると思うんで”って、僕を他の学校に促すようなことを言ったんです。僕みたいなヤツにはやめてもらいたかったんですよ。それが手に取るようにわかったんです。

嫌いな先生だったんですけどね。それで“先生、僕、この学校でもう1年やります”と言ったときの口惜しそうな顔が忘れられないですね(笑)。それだけのために“もう1年やります”と言ったんです。それから頑張って高校に4年間行くんですけど、同級生が1つ下になるわけです。すぐに僕が歳上だとバレたんですけど、“なんでわかったの?”って聞いたら、“入学して2日目で早弁してる人はいない”って、なるほどねと腑に落ちました(笑)。

やっぱり、学生時代の1つ上って、だいぶ差があるので敬語使われるし、本当の友達ができないしで、暗黒の4年間でしたね。僕、高校時代の写真が2~3枚くらいしかないんですよ。グループでたすきをつないで山を登るっていう行事があって、そのたすきを渡す瞬間の全く笑ってない僕の顔っていうのと、あとは集合写真、卒業アルバムの運動会のページの端っこで見切れてるっていう、その程度ですね」

当時の安井は、本当に何もやる気がおきなくて、万年五月病のような状態だったらしい。土壇場というには、あまりにも何もなかったと語る。

 

元相方と出会って芸人の道へ

その後、高校を卒業してからも、まだ働きたくはないという理由から、専門学校への進学を選んだ安井は、そこで芸人を始めるキッカケとなった元相方の杉崎真宏と出会い、後にアクシャンを結成することになる。

「親にはお金を払わせてさんざん迷惑をかけましたけど、専門学校にも行かせてもらって、元相方やビビる大木と出会いました。彼らに出会ってまず最初に言わなくちゃいけないと思ったのが、みんなよりも1つ年齢が上だということ。それを先に言おうと思って、“高校に4年間行っていて、みんなより1つ上だよ”と言ったんです。そしたら、“専門学校ってオッサンとかもいるくらいだから、年齢は関係ないっしょ”って。

だから、敬語を使われることもなく。そこで、もう1回お笑い熱が復活するみたいなのがあって。その専門学校の2年間で、僕は芸人になるって思いました。誘ってきたのは元相方なんですけどね。専門学校の2年間が、本当にキラキラとした2年間だったんですよ。僕にとって宝物みたいな時間ですね」

自分の性格を暗いほうだというのとは裏腹に、サービス精神旺盛でインタビューに答えてくれる安井。そのサービス精神が、芸人から俳優への流れにもつながっているという。

「芸人を経て俳優をやってなかったら、たぶん僕は生き残ってないですね。役者を志して役者をやってる人との心構えが違いますし、やり方も違います。当然、そのやり方が僕にできるわけでもない。僕はずっとお笑いをやっていた頃の、自分に染みついたものを引っ張ってきて使ってるだけだと思います。今はそれがうまく機能してるんでしょうね

2002年にコンビとしての活動は停止するも、ピン芸人として『エンタの神様』などに出演していた安井。芸人から俳優になろうと思ったとき、お笑いへの未練などはなかったのだろうか。

「お笑いは、“好きだ”っていうのと“ずっとやれる”っていうのは違うんだということを、30歳くらいのときに薄々感じてました。自分の才能を見くびっているわけではないんだけど、ちょっと自信がなくなってくる瞬間があったりして。最初は、時代のせいとか、客のせいにするところがあったんですよ。僕はやれてるはずなのに……って。

でも、やっぱり自分に力が足りないんじゃないの?って、認めたくはないけど、このままやっていても難しいかなって思い始めました。だけど、お笑いをやめるとは言いたくなくて。実際に、芸人やめますって1回も言ったことないんですよ。しれーっと俳優にシフトチェンジしてるだけで。ファンの方にも芸人をやめましたとは言わずに、ここまで来ました」