ドラマの現場で体験した忘れられない思い出

話を聞いていると、安井の人生で一番大変だったのは高校時代の4年間、そして芸人と俳優で迷っていた2年間だったようだが、これまでの人生で土壇場だと感じた場面は他にあるのだろうか?

「僕、ドラマになりづらい人生なんですよ。高校時代は何もやる気が起きなかったので、土壇場という感じでもないし、芸人から俳優になるときも、ゆっくり変化していったので切羽詰まった感じもなかったし。あともうちょっとで劇的な感じになるのに、劇的にならずに“まぁ、いいや”って感じでやめたりするので、もっと壁があってとか、トラブルがあってとか普通はあると思うんですけど、そういうのがないんです。だから、しょぼいエピソードで対抗するしかないです(笑)。

これはどうすることもできない!っていう、しょぼめの話はあります。昔、単発のスペシャルドラマで1シーンくらいなんですけど、説明ばっかりする役をもらったことがあったんです。当時の僕は、俳優をちゃんとやろうかやらまいかという一番狭間な頃でした。

“この事故は、カーブ時のスピードがなんとかで、なんとかなんとかです”って、刑事さんに状況を説明する鑑識の人みたいな役だったんですよ。で、セリフを撮影の前日に覚え始めたんです。マネージャーが僕の出演するシーンに付箋を貼ってくれてたんで、そこを見て覚えたんです。

それで撮影当日、朝5時集合とかで眠いなーって思いながら待機してたら“まず、◯◯シーンからいきまーす。で、56シーン撮ったあとに、67シーンにいきますので、よろしくお願いします”って言われたときに、“ん? 56のあとに67って何?”と思って、台本を見てみたんですよ。

そしたら67に僕のセリフがめっちゃあるんですよ。しかもすげー説明してるじゃん。56の倍ぐらい説明してるじゃんって思って。やってくれたなぁ!って思いました(笑)。やってくれたなって僕が悪いんだけど。あとでマネージャーに聞いたら、ここから安井さんのセリフが始まるという意味で、シーンごとに貼ってませんって。

車の後部座席で台本を必死に読んで覚えようとしましたけど、僕は56だけだと思ったから、それから67なんて覚えられないんですよ。で、56のシーンから先に撮影して、67のリハーサルをやったときに、うろ覚えだから全然言葉が出なくて……。そしたら、監督が“あのー、覚えられないんだったら、こういう向きで(後ろ姿)撮るんで、台本を机に置いちゃってもらっていいですよ”と言ってくださったんです。

じつは、このシーンで撮影が終わりで、あんまり寝てないスタッフは家に帰って寝たかったんですね。スタッフが眠気で朦朧としてたから助かったんです。それで、すみませんって言いながら台本を置かせてもらいました。だから、このシーンの僕、ほとんど背中しか映ってないんですよ。“これはなんとかなんとかですねー”と言って振り向いて、刑事に聞かれると、また後ろを向いて“これはー”って台本見ながらセリフを言う。

これ、土壇場です。土壇場でアウトです。いやー、本当に皆さんに申し訳なかったですね。台本は自分のシーン以外のところも読まないとダメだっていう教訓になりました。当たり前のことなんですけど。神様は見てるというか、いい加減なことはやっちゃいけないなって思いました。本当に心臓が痛かったですから。かなり昔のことですが、今でも覚えてます」

 

朝ドラ『ブギウギ』で明るい気持ちに

10月2日から放送される連続テレビ小説『ブギウギ』にも、梅丸楽劇団の制作部長・辛島一平役で出演する安井。大阪での撮影はとても楽しかったという。

「6月の舞台公演が終わった​7月に集中して撮影しました。ただ、僕はセリフ覚えが悪いので、マネージャーにセリフ合せとか、かなり協力してもらいました。主演の趣里ちゃんとの共演は初めてだったんですけど、とっても明るくて、社交的で話しやすい方でした。演劇もやられているので、イキウメや僕のことも知ってくれていて、お互い作品を見たことがあったりして、意外と突っ込んだトークができましたね」

今回の作品の題材に対して、楽曲がテーマということもあり、親近感を感じたという。

「『ブギウギ』っていうタイトルで、東京ブギウギを歌った笠置シヅ子さんがモデルになってるんですけど、誰でも一度は聞いたことがあるじゃないですか。僕はこの曲を知ったのが、『はだしのゲン』だったんですよね。ゲンが“東京ブギウギ~”って歌うんですよ。歌詞は替え歌なんですけど、メロディーは知ってるので、僕もハミングしながら漫画を読んでたなって思い出しました。

ゲンが楽しそうに歌ってるのが印象的で、とにかく明るい歌で、あんな暗い時代だからこそ、明るく笑い飛ばそうっていう雰囲気の歌だったんで、ブギウギの台本を読んだ時に​まさしくそうだなって。僕も思い入れがある曲だったので、世界観にすんなり入れたんですよ。

今回、僕が演じる役が、エンタメをやる興行主の制作部長なんです。この公演を成功させるために、演出家を呼んだり、踊り子さん、歌い手さんっていうのを集めてお客さんをたくさん入れるために動く人。そこでいろんな人からの板挟みにあったりして。まぁ中間管理職ですね。だから、(辛島は)たくさん困ってます(笑)。放送を楽しみにしてください」


プロフィール
 
安井 順平(やすい・じゅんぺい)
1974年3月4日生まれ、東京都出身。1995年お笑いコンビ「アクシャン」を結成。芸人として活動した後、2007年劇団イキウメ『散歩する侵略者』に出演。以降、劇団イキウメに所属し、俳優として様々な作品に出演。2014年に第21回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞。近年の主な出演作に、ドラマ『極主夫道』『妖怪シェアハウス』『エルピス』『女神の教室〜リーガル青春白書〜』、映画『生きててごめんなさい』などがある。10月2日から放送がスタートする連続テレビ小説『ブギウギ』に出演。舞台『無駄な抵抗』が世田谷パブリックシアターで11月11日より上演。X(旧Twitter):@yasuijunpei、Instagram:@junpeiyasui_official