『関西演劇祭2023』のフェスティバルディレクターを務める板尾創路が、人気漫画家とクリエイティブについて話し合う対談「板尾と漫画家」。育児エッセイ『ママはテンパリスト』や、自身の生い立ちを描いた『かくかくじかじか』、映画化された『海月姫』などヒット作を多数発表している漫画家の東村アキコ。
関西の劇場まで足を運ぶほどのお笑い好きである東村にとって、板尾は「神格化された存在」。そして板尾は東村のことを「面白い人生を歩んでいる人」と評する。東村が板尾に聞いてみたかった質問から、意外な共通点が見えてきた。
板尾さんって緊張されるんですか?
東村 板尾さんにお聞きしたかったことがたくさんあるんです。
板尾 なんでも聞いてください、たいしたことは答えられないと思いますけど。
東村 いやいや、質問も普通すぎるんですけど、でも本当に悩んでるからこそ板尾さんにお聞きしたくて……今日は昼スタートだったから寝られたんですけど、私、次の日に朝から用事があると緊張して眠れなくなるんです。子どもの頃からそうで、寝坊が怖いから一睡もせずに行くんですよ。でも、それがしんどすぎて。板尾さんは次の日が早くても夜眠れますか?
板尾 その人の体質にもよると思うんですけど、僕はお酒も飲まないし、職業柄夜型なので、そもそも、あまり早くに寝ることができないんですよね。
東村 へえ、お酒飲まれないんですね。
板尾 はい、お酒でも飲めたら眠れるのかも知れないんですけど。だから無理に寝ようとしてもできないんで、そこで追い詰められるなら「1日くらい寝られなくてもええか」と開き直って、映画を見たりすることもあります。
でも、映画の撮影とか、大事な仕事で早いときは、寝てないと体調を壊してしまうので、”ここは寝ておかないと”というときだけは、睡眠導入剤を飲んだりしますかね。それはよほどのときで、基本は自然に身を任せます。
東村 なるほど。板尾さんは緊張されるんですか?
板尾 緊張しますよ。外側からはミステリアスに見えるかもしれないですけど、本当に普通ですよ(笑)。ただ、人前だから緊張するってことはないですね。例えば未知のことをやるとか、稽古したことを初めて人前で披露するとか、そういうときは不安もあるので緊張します。
でも、“緊張しないようにしよう”と思うことはなくて、緊張感がないと逆にダメだと思ってます。画面上、わざとフワっとした感じで出るときもありますけど、それはあくまでも画面上です。やっぱりある程度は緊張感がないと集中できないし、本番で力を発揮できないと思います。
人によっていろんなパターンがありますが、僕はパターンが決まっていないので、その場その場で対応しています。あと、出たときの雰囲気もあるので、場に出てから決めることもあるんですよね。いったん出てから、こうしようああしようと考えます。あまり決めてかからないですね。
みんなそんなに僕の一番聞きたい?
東村 すごいですね……。あと、板尾さんにもう一つ聞きたいことがあって……これまでに見た一番好きな映画はなんですか?
板尾 好きな映画、ほんまによう聞かれるんですよ。これ、今まで散々聞かれているのにね、いまだにわかんないんですよ。あまりNo.1を決めるのが好きじゃないんですよね(笑)。みんなそんな一番聞きたいか?って思います。
東村 (笑)。
板尾 でも、映画を好きになったキッカケは、子どもの頃に見た『ドーベルマン・ギャング』※です。ドーベルマンに訓練させて銀行強盗をするっていうB級映画ですね。すごく爽快で、それが大好きでした。
※1972年に公開されたアメリカ合衆国のアニマル・スリラー映画。人間に最も忠実で賢い動物であるドーベルマン犬を使って、銀行強盗を働くという奇想天外な強盗たちの物語。映画音楽はアラン・シルヴェストリによって作曲されたもので、のちに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『フォレスト・ガンプ』などの有名な映画音楽で成功した。
東村 さすが板尾さん、出てくる映画が違いますね。同じ世代の男性が出す映画って、だいたいパターンがあるんですけど。やっぱり板尾さんですね、その映画を出される方はいらっしゃらなかった。
板尾 水曜ロードショーで、当時は数年ごとに放送されていたので、世代が近い人は知っていると思います(笑)。あとは『大脱走』とかも好きですね。
東村 今ってテレビでは決まった映画しかやらなくなっちゃいましたよね。あまり昔の映画は見なくなったように思います。私は『八甲田山』『楢山節考』『戦場のメリークリスマス』が好きです。ほぼ同時期ぐらいの日本映画なんですけど。
板尾 『八甲田山』、僕も好きです。木村大作さんがカメラですよね。当時、同級生とは一切共有できなくて、一人で見ていました。
東村 うれしい! あの映画を最後まで見られる子かどうかで、クリエイターになれるか、そうじゃないかが分かれる気がします。
板尾 勝者も敗者もないし、ただ人間が自然の中で生きているっていう。でも、のちにわかったんですけど、大竹まことさんが出演されているんですよ。
東村 え、そうなんですか? 何度も見てるけど知らなかった。
板尾 ストーリーの中で、一番最初に亡くなっちゃう輸送隊員の役が大竹さんなんです。初めてお会いしたとき、その話で盛り上がりました(笑)。自然が相手なのですごく劣悪な環境で、「主役級の方は雪上車で現場に向かうけど、俺たちみたいなエキストラに毛が生えたみたいなヤツらは歩きだもん」って大竹さんが言ってました。
とにかく寒いし、そのうえ吹雪のシーンを撮るために機械で風を起こしたりするから、もうツラいってもんじゃなかったって。でも、そこで高倉健さんが「ここにいる役者とスタッフ、映画が終わっても俺が全員の面倒を見るから」と言ってくれたそうで、こんな人数の面倒なんて見れないってわかってるけど、その心意気と、“あの高倉健が言ってくれてるんだから”ってことで頑張れたそうです。
東村 すごい話……! 私、じつは大学卒業後に一度就職してて、その会社は通信会社だったんですけど、『八甲田山』をもとにした教科書で、新人教育をしていたんです。「あなたはリーダーとして、ここでどちらを選択しますか?」みたいに、その教科書から組織とリーダー論を教わってたんです。それで私、そういえば子どもの頃にうっすらとしか見たことないなと思って、ちゃんと見てみたら映画としてもすごく面白くて。
板尾 たしかに、トラブルがあったときにどう判断するか、どう対処するか、リーダーはどうしなければいけないかとか、組織の話なのでそういう面もありますよね。そういう観点で見ると面白いですね。
東村 もしかしたら、その会社だけじゃなくて、いろいろな会社が参考にしていたリーダー論なのかもしれないですけど。
板尾 しかし、通信会社で『八甲田山』ってねえ。八甲田山、電波通じひんでしょ、たぶん。
東村 あははははは! あ、本当ですね。さすが!