お笑いコンビ「130R」としての活動のほか、近年では味のある演技で俳優としても活躍している板尾創路。映画監督としても『板尾創路の脱獄王』『月光ノ仮面』、ピース・又吉直樹原作の『火花』を発表。11月11日から始まる『関西演劇祭2023』では、フェスティバルディレクターも務めている。
そんな板尾が、人気漫画家とクリエイティブについて話し合う対談「板尾と漫画家」。今回の対談相手は、『宮本から君へ』『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』などで知られる鬼才漫画家・新井英樹。
SMサロンを舞台にした最新作『SPUNK -スパンク!-』が話題の新井と、新井の作品を読んで「女性が描いた作品だと思っていた」という板尾。完全なる同世代二人の対談をたっぷりご堪能ください。
板尾さんは自己陶酔感が薄いイメージ
――新井さんから見た板尾さんは、自分のことを考えている時間が少なそうに見えるので、いびつな自意識を持っているイメージだそうです。
板尾 意識はしていないですし、あまり言われたことはないですが……。
新井 自己陶酔感が薄そうに感じたんです。
板尾 あ、そういうことですね。それは見た目の部分ではあると思います。実際はそんなことないですけど……でも、新井さんの仰るとおり、自分に酔う時間はすぐ終わるかもしれないですね。“今日の自分、よかったな”と思うことは人間なのであるんですけど、それにずっと浸っているのは、あまり好きではないというか……。
新井 一応、意識はされているんですか?
板尾 “今日はすごくよかったな”とか“いい作品ができたな”とか、そう思うことは一瞬ありますよ。でも、そんなに引きずりませんね。
新井 自己陶酔している自分に対して、気持ち悪いとか恥ずかしいと思ってしまうんでしょうか。自分に酔っている姿を人に見られると恥ずかしいみたいな……。
板尾 そうですね。恥ずかしさが勝ってしまうから、すぐやめちゃうのかな。あまり自分のことで喜んだりするのはよろしくない、そう思っている自分が強くいますね。陶酔したいタイプではないんだと思います。言うても、もう終わったことですしね。
新井 『ダウンタウンのごっつええ感じ』も見ていましたし、『HITOSI MATUMOTO VISUALBUM』も全部DVD買っていたので、お笑い芸人としての板尾さんも存じ上げています。
板尾 ありがとうございます。本当にみんなが熱くお笑いを向かっていた時期ですね。
新井 弾け方がすごかったですよね、特に『VISUALBUM』は。
板尾 テレビでずっとやっていたので、その窮屈さみたいなのが『VISUALBUM』で解放された感じでしたね。テレビではできなかったことを、時間をかけて思いきってやれる企画だったので。松本(人志)さんもフルパワーで、みんながそれに付いて行って……ああいう作品は二度と作れないんじゃないかと思いますね。『古賀』(スカイダイビングに出かけた男4人を描いたコント)もテレビを意識していたら作れないはずです。
新井 条件が整えば同じことができるかって言われると、やっぱり違いますよね。
板尾 そうですね。その時の自分、その時のメンバーじゃないとできない。その特別な感じは、一瞬の風景のような、その時だから見られる“奇跡の1枚”みたいな感じですね。
違うことをやりたいと思ったら自分を変える
板尾 僕、新井さんの漫画を読んでいるときに、作風からして女性の方だろうとずっと思っていたんです。
新井 それ、すっごくありがたいです! うれしいです。
板尾 「男性や!」って途中で気づいたんで、そういう感じで読めたのがすごいなと思いましたね。
――新井さんは作品を描き始めてから20年近く、ずっと家に引きこもって表に出ていなかったから、やろうと思ったことをできる限り全部やろうと思って、女装を数回やったんだそうです。
新井 僕、50歳を過ぎてから、友達がたくさんできたんですよ。まさか50過ぎてから友達ができるなんて思っていなかった。女装を数回やったんですけど、年下のゲイの子に「本気で覚悟を持って女装している人がいるから、度胸試しみたいな感じでやるのは失礼だ」って説教されて。その通りだと思ったんです。
板尾 興味本位でやるな、と。
新井 そうです。そこからは誰かにオファーされるか、自分がきれいになりたい、かわいくなりたいって思わない限り、女装するのはやめようと思いました。それから「新井さんのような仕事をしている人はぜひ行くべきだ」と言われて、(新宿)二丁目のハッテン場のサウナに行ったりしましたね。20代の女装の男の子と“年の差カップル”として行ったり、時間潰しに一人で行ったり(笑)。
とりあえずやっていないこと全部やろうと思っていました。一人飲みもしたことなかったのですが、“ぼったくられてもいい”と自分に課して、中が見えない木の扉も全部開けてやろうと。迷ったときは、家にいるよりとりあえず表に出ていましたね。ずっとやってきた漫画に自分で飽きてしまって、違うことをやりたいと思ったときに、小手先で変えても無理だと思ったんです。
板尾 その考えはよくわかります。
新井 まず自分を変えないとダメだなと。今までは皮肉ったり、斜に構えて人を切るよう表現をしてきたけど、そういう経験をしたからこそ、もうどんな人でも「好き」の方向から描けるようになれました。
板尾 じゃあ、 今の漫画は昔とは作風が全然違うということですね。
新井 そうですね。今までは、暴力とセックスと人間関係がメインで……。で、最後の最後に「それでも好きなんだけどね」っていう描き方をしていました。今は「どんな人でもみんな変わらないよ」って、逆から描けるようになったと思います。今までの僕の漫画が好きな人には「変わった」とか「甘くなった」とか言われるかもしれないけど、怒りは消えてないし、問題はないかなって。
板尾 それってすごいことですよね。こんなこと言ったらあれですけど、結末に比重を置いて、どんでん返しとか、伏線回収とか、結末に向かって話を持っていくのって、わりと簡単じゃないですか。
誰もが基本的な物語の構成をわかっているなかで、それを逆から描いていくのは難しいことだと思います。結果がわかっているって、ひとつ損をしているわけですから、そうとう面白くないといけないし。それができるって、すごく大人です。