経営を学んできたパティシエとしての仕事

――2013年にDEL'IMMO(デリーモ)立ち上げるまで、しばらくパティシエやショコラティエとしての仕事はしていなかったんですか?

江口 確かに振り返ってみるとそうですね(笑)。ちゃんとお菓子を作るようになったのは、デリーモを立ち上げてからです。特に最後にいたグローバルでは、一回もパティシエをやってないですし。

――経歴としては珍しいですよね。

江口 そうですね。でもグローバルでは、ステファン・ヴューがパティシエを務める「Decadence du chocolat」に配属されたんですよ。ステファンは、お金がいくらかかってもお客様を喜ばせられるなら何してもいいって考えの人なんです。

だから、経営企画の立場としてはすごく大変だったんですけど、学んだことも多くて。今、お店をやるうえでその経験はすごく生きてます。あと、僕、お菓子作りの師匠がいないので、ほかのパティシエと違ってレシピをデータで作るんですよ。

――データですか?

江口 普通は「このくらいのまぜ加減で」とか言うじゃないですか。その感覚が僕にはないので、しっかり数字で考えるんです。コンビニスイーツを作る研究所の人とかと関わることが多かったので、「水分活性ってどうやったら起きるの?」とか「シュー生地ってどうやったら膨らむの」とか、理論でお菓子作りについて学ぶことのほうが多かったんです。

――なるほど。経営を学んできたからこそ、デリーモに生きていることはありますか。

江口 それでいうと、うちの店では開店時には大量のケーキをショーケースに並べず、お店が一番混むタイミングで追加ができるようにしているんですよ。オープンしてすぐにたくさんのお客さんが来るわけじゃないのに、見栄えのためにケーキをきれいに並べるのって、意味わからないじゃないですか、劣化するので。そういう部分のこだわりは、お菓子作りだけをしてきたパティシエとは違うかもしれないです。

――たしかに、顧客としてもよりおいしいものが買えたほうがいいですよね。

江口 そうですよね。あと、SNSとかもガンガンやってますしね。僕はコンクールのタイトルとかも持っていなかったし、無名だったので、自分から発信する必要があったんです。だから、とにかくお店のことを知ってもらいたくて始めました。

――YouTubeもそのひとつですか?

江口 そうですね。YouTubeはお菓子作りを通して、お菓子の楽しさを知ってもらえれば、プロのお菓子も食べたくなるんじゃないかと思って始めました。2020年に始めたんですけど、ちょうど「おうちデリーモ」というサービスを始めたときだったんです。コロナ禍でお店は営業できないけど、家でもケーキを楽しんでもらいたいっていうサービスで。それが広まればいいなと思って。

――配信を始めた当初から、現在のようにレシピ動画をアップしていたんですか?

江口 そうなんですけど、最初はプロ向けのレシピも出したりしてましたね。それにオープニング映像をしっかり作り込んだりとか、最後に試食の時間をしっかり取ったりとか。視聴者がどこで離脱しているのか、とかの数字を見ながら、いろいろやり方は変えてます。YouTubeに関しては見られる傾向も変わるので、“このやり方で行こう”って決まることは一生ないと思いますよ。

――YouTubeもこだわりを持って取り組んでいるんですね。

江口 僕は絶対的に数字を見るので、YouTubeやSNSはいいマーケティングになるんですよ。例えば、最近だとYouTubeでコメント欄に米粉に関するコメントが多かったので、だったら米粉を使った商品も売れるんじゃないかと思い、Instagramで聞いてみる。それで伸びるんだったら実売しようというかたちで利用してます。

〇小麦粉もバターも不要!米粉で作る完璧なスポンジケーキの作り方!保存版レシピ

ショコラティエの新しい在り方

――昨年に発売されたレシピ本『とんでもないお菓子作り』(小社刊)は、「第10回料理レシピ本大賞in Japan 2023」のお菓子部門大賞に選ばれましたが、それも反響があったんじゃないでしょうか。

江口 ありましたね。でも賞を獲ったことについては、まわりの人が喜んでくれればそれでよくて、このレシピ本をきっかけにお菓子に興味を持ってくれたり、パティシエになりたいと思ってくれる人が増えることのほうがうれしいです。

僕はプロ向けに講習するより、こういうかたちで発信したほうが絶対いいと思ってるんです。そのほうが大きい分母に刺さっている気がするので。あとは、実店舗で働く子たちが、お菓子作りを極めるだけじゃなく、僕みたいに「本出してもいいんだ」「YouTubeやってもいいんだ」って受け止めてくれているようなので、それもよかったですね。

――今年の10月には第2弾を発売されましたね。

江口 ありがたいですね。1冊目を買ってくれた人が2冊目も買ってくれたとき、より良いものになってると思ってもらわなきゃいけない、というのは前回よりプレッシャーでした。でも、できるなら第3弾もやりたいです。

▲自分の本をきっかけにパティシエになりたいと思ってくれる人が増えてほしい

――最後に、この先の展望を教えてください。

江口 異業種とコラボしたいですね。美容とか登山とか建築とか、まったく関わりのない業種とコラボしてみたいですね。なんでもそうなんですけど、何かを真剣にやってる人と会いたいんですよ。

一方で、最近は無駄がほしいとも思っていて、ゲームとかをよくやるんですよ。日常生活も含めて段取りや効率を重視してしまうので、本当に寝ているときが唯一のプライベートって感じなんです。だけど、自分に刺激をいれるために、今はあえて無駄も入れるようにしてるので、そのバランスをうまくできるようにしたいです。

(取材:梅山織愛)


プロフィール
 
江口 和明(えぐち・かずあき)
DEL'IMMO シェフパティシエ / ショコラティエ。東京生まれ。父は和食の料理人、母は栄養士という環境下で食の感性が磨かれた。ショコラティエとして修業してきた経験・技術を生かし、日々ショコラスイーツの創作に励む。徹底的に素材にこだわりながら、精緻な技巧を駆使して創り上げる絶品の数々は、どれも斬新的な美しさを見せる。製菓専門学校を卒業後、「渋谷フランセ」に入社。その後、東京、神戸の高級チョコレート専門店にて研鑽を積む。ベルギーアントワープの老舗ショコラトリー「デルレイ」本店で研修後、他業種の商品開発を経験。26歳のときに最高のサービスと経営を学ぶため、株式会社グローバルダイニングへ。「デカダンスドュショコラ」などのペイストリー部門を統括。2013年デリーモブランド立ち上げ時より、シェフパティシエ/ショコラティエに就任。2020年2月よりYouTubeで動画の配信を開始。「お菓子のなぜ?」がわかる丁寧な解説、常識にこだわらないプロならではの手抜きテクニックが反響を呼び、現在チャンネル登録者数は21万人を超える。X(旧Twitter):@EguchiKazuaki、Instagram:@eguchikazuaki、YouTube:KAZUAKI EGUCHI、DEL'IMMO公式サイト:https://de-limmo.jp/