『関西演劇祭2023』のフェスティバルディレクターを務める板尾創路が、人気漫画家とクリエイティブについて話し合う対談「板尾と漫画家」。『宮本から君へ』『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』などの作品で知られる鬼才漫画家・新井英樹と、創作の源や“笑い”について語り合う。
新井が板尾としたかったという「映画と漫画」、そして「笑い」についてのトークは、お互いの深淵を覗くような対談となった。
僕らの世代はテレビで映画を見ていた
――新井さんから事前に、板尾さんにオススメしたい映画と漫画を3つずつお聞きしました。まず映画は『ハピネス』『チェイサー』『26世紀青年』の3本です。
新井 『ハピネス』は『ウェルカム・ドールハウス』という映画も監督した、トッド・ソロンズという監督の作品で、変態しか出てこない人間ドラマですけど(笑)、本当に素晴らしい。僕の生涯トップ10に入るくらいです。
板尾 知らなかったです。1998年公開、そんなに古くはないですね。僕もできるだけ古い映画を見るようにしているんですけど、いっぱいあってなかなか追いつかないですね。
新井 『チェイサー』はご覧になったことありますか?
板尾 同じ監督の『コクソン/哭声』は見ていて、これも見ていると思います。『チェイサー』を見たのはかなり前なので、『コクソン/哭声』の記憶のほうが濃いんですけど、すごく面白かったですね。韓国の映画は、人間の生々しさをちゃんと表現している作品が多くて好きです。
〇『チェイサー』 予告篇[Klockworx VOD]
新井 『26世紀青年』は、まさに今を描いている作品だと思います。普通のIQの人がコールドスリープで26世紀に行ったら、周りの人間が恐ろしいぐらいバカになっているっていうコメディなんです。
26世紀の世界では、企業と結託して農場にゲータレードを撒いていて、“農作物がどうしても育たない”とみんな不思議がってる。水をまけば大丈夫だってことに、みんな気づかないんですよね。ゲータレード社は儲かるし、政府と結託している。バカバカしい話だけど、いま見ると皮肉を感じて、少し恐ろしくなる。でも笑えるっていう。
板尾 (パッケージを見ながら)いいですね、この主人公。なんとも言えない、いい表情していますね(笑)。僕は小さい頃に『ドーベルマン・ギャング』っていう、ドーベルマンが銀行強盗する映画が映画の原体験なんです。悪い人たちがドーベルマンを訓練して、銀行を襲わせるっていう内容なんですけど、テレビで見て、ワクワクして大好きでしたね。
新井 まだ映画に興味がない子どもたちも、テレビで放送しているから家族と一緒になって見ていましたよね。だから、たぶん僕ら世代って、名作と言われる『ゴッドファーザー』とか『サウンド・オブ・ミュージック』は、特に映画が好きじゃなくてもみんな知っているはず。
板尾 そうですね。まだ『ゴッドファーザー』とかを理解できる年代ではなかったけど、その頃の映画音楽はかなり記憶に残ってます。テレビしかないし、そんなに映画館には行けないし……テレビで見るしかなかったですしね。
親になってから読むことで理解できる漫画
――そして、新井さんが板尾さんにオススメしたい漫画は『奈良へ(大山海)』『博多っ子純情(長谷川法世)』『息をつめて走りぬけよう(ほんまりう)』の3作品です。
新井 『奈良へ』は現代の話で、奈良のお寺の名称がサブタイトルでついているんです。知り合いの若い男の子の漫画家が褒めているから読み始めたら、“この作品、どこに行っちゃうの?”と思って。そうこうしているうちに、とんでもないところに連れて行かれる感がすごく面白かった。この地味な画で、こんな話が描けちゃうんだと思いました。
板尾 確かに絵柄は派手じゃないですね。でも、なんか引き込まれる感じがありますね。
新井 奈良にはどういうイメージをお持ちですか?
板尾 関西に住んでいた身からすると、大阪・兵庫・奈良とか、近いけども文化は違う。奈良にはもともと都がありましたしね。あんな独特な感じが、いまだに残っている地域も珍しいんですよ。京都は華々しさがあるけど、奈良って地味じゃないですか(笑)。いろいろ深く知って、それで見えてくるものがいいんでしょうね、すごいなと思うけど、まだ僕がそこに到達できていないだけかもしれません。
新井 『博多っ子純情』は、長いけど、読むと号泣できるんです。
板尾 これは知ってます、有名ですよね。ただ、しっかり読んだことはないので、改めて読んでみたいなと思っていた作品でした。
新井 映画にもなっているんだけど、この主人公とヒロインが結婚して、“ごっこ”みたいな結婚生活とか、結婚してからの展開があるんです。大人たちが“この子たちって、本当に子どもだよな”って見守る姿と、子どもなりに頑張って大人になろうとしている姿で、もうボロ泣きしてしまって……自分が年を取って、親になって読んだら、改めてすごいなって思いました。
板尾 ね。これは今、読むべき漫画でしょうね。
新井 中学の頃にリアルタイムで読んでいて、むちゃくちゃ面白かったんだけど、まさか後半であんなに泣かされるとはって感じでした。
『息をつめて走りぬけよう』は、モテないオタクたちの学生たちが、体を鍛えてなんとかやっているうちに、はずみで人を殺しちゃったりとかする話なんだけど……なんだろう、その苦しさがすごいんですよ。あまりこの言葉は使いたくないけど、名作だと思います。
板尾 え? 人殺し? 表紙だけ見るとすごく爽やかなイメージですけどね…(笑)。青春モノのコメディっぽさがあります。これは映像化されているんですか?
新井 たぶん映像化はされていないと思います。当時すごく評判になって、僕が『モーニング』で連載を持っていた頃にカリスマ編集長がいたんです。漫画にものすごくうるさい方なんですけど、たまたま飲んで話したときに「僕、『息をつめて走りぬけよう』大好きなんですよね」と言ったら「あれは傑作だ!」って。普段あまり褒めない人が褒めるほどの作品なんだと改めて思いました。