SMはムダがないし性差があって面白い

――新井さんは年齢を重ねてから、いろんな方々との出会いがあったとおっしゃっていましたが、最新作『SPUNK -スパンク!-』では、なぜSMをテーマに選んだのでしょうか。

新井 二丁目のお店のゲイの子から、女王様を紹介されてから付き合いが始まって、サロンでいろんなM男さんと女王様との関係を見ていたら、すごく面白かったんです。それでも、そのときは描きたいなんて気持ちは全然なくて、“普通の人たちもSMのような関係性を利用すればいいのに”と思ったんです。

板尾 というのは? 

新井 SMってムダがないんです。ひどい目にあっても、解釈一つで“ありがたい”と思えるっていいなって。SとMがすごく仲良しのコンビに見えて、見ていたらそこが学校の校庭とか公園みたいに見えてくるんですよね。終わったあとに「じゃあ、またね」ってなるのもすごくいい。

板尾 ほお、なるほど。

新井 ある日「(漫画に)描いてもいいよ」という話の流れになったときに、「だったら描かせて!」っていう感じで始めました。ちょうど『ザ・ワールド・イズ・マイン』で、世界を壊す能力を描いたんで、今度は作り直すことを一人のカリスマがやるっていうので立て直そうしたんだけど……。現実を考えて、世界を壊したあとに、イエス・キリストみたいなのが蘇って「世の中を変える」と言ったらどうだろう、と思いました。そこで、今の世の中に笑いを持ち込む。

真剣に捉えずに、できる限りくだらないことで起こることを、どこまで笑いに落とせるかを考えて、「楽しむことだってできるでしょ」っていう聖書を描こうと思ったんです。「言葉には何も意味はないよ」っていうのは他でやったから、今度は、その実践編として考えたときに、ちょうどSMの人間の関係性と合致したなと。

板尾 描かれているのは、生々しいSMじゃなくて、コミカルというか、みんな遊んでいる感じですもんね。

新井 そうそうそう。自分でひどい目に遭うことを望んでやっているのに、人が同じことをやると「やだよー」とか「怖いー」とか言う。もちろんそれを楽しみたくて来ているんだろうけど、男女の違いも見えてすごく面白くて、“あ、これセックスと一緒だ”と思いました。

女の人はムチ打たれた瞬間に、もう喘ぐだけ喘いで、外から見られているのを意識しながら興奮して陶酔するんだけど、終わって1分も経たないうちにスッキリした顔してスマホをいじり始める。

男の人はずっと引きずって、きつかった、ひどい目に遭ったって、ずっと言っている。やられているあいだは、一瞬でもその世界から逃げたい様子で悶絶しているんだけど、女の人は自分の世界は見えていませんよ、女王様と私だけの世界ですよって感じで、性差があって面白いなと思いましたね。

板尾 そこでも男女の性差は出るんですね、興味深いですね。

▲同年代だった二人の鬼才の対談は盛り上がった

笑うことでツラい気持ちから少しでも逃避できる

――新井さんから板尾さんに「何をどこまで笑えるか、面白がれるか」を聞いてみたいそうです。

新井 それをお聞きしたいと思ったのも、歳を重ねて、表に出るようになって「俺は誰かが死んでも絶対に葬式には行かない」って言う知り合いが3人くらいできたんです。その人たちが言うには、笑いが一番困難になりそうなのが“死”だってことみたいで。

別に、“死が終わりだと思わなきゃいいじゃん”っていう考え方もあると思うんですけど、やっぱり人の死を笑うのって、大概は怒られるじゃないですか。でも、死に限らず、笑うのがシャレにならないような出来事でも、ギリギリまで笑うことで救われる人もいるだろうと思ったんです。

板尾 おっしゃりたいことはよくわかります。(熟考して)当人がどう思うか、どう受け取られるかっていうのがありますし、難しいですよね。結局は、なんでも笑いにできるっちゃできると思うんですけど……。でも、笑いにすれば救われることって、かなり多いですよね。人間に“笑う”っていう機能があるのは、そういうことだと思うんです。

回避するというか、緩和するというか……笑うことでツラい気持ちから少しでも逃避できるような、そういう麻薬みたいな作用があると思います。悲惨なことやむごいこと、そのものがどうということじゃなくて、そのことで親しい人がツラいとか悲しんでいたりすることに対して、緩和してあげるために、茶化したり笑えたりする“笑い”はまた違う。

悲しみとかツラさを持っている人に対して笑いを提供することは、すごく大事だと思いますね。だから、お葬式で死者を侮辱したり馬鹿にしたりしても誰も笑わないけど、悲しんでいる人のために何かしたいっていうことは、人間って本能的にやっていると思います。

▲「笑い」については、板尾も言葉を選びながらも誠実に答えた

新井 板尾さんは、誰かにアプローチして笑いを提供するんじゃなくて、起こることを笑いに落とすというか、要するに、誰かじゃなくて自分の中で笑いに落とす、みたいなことはやるんですか?

板尾 たぶん、それはもう職業柄なのか、やっぱり外に向けてになっちゃいますね。芸人の仕事には笑いを期待されているわけなので。そこで何ができるかとか、人を傷つけずに笑いをとれるかとか、「この場でどうやったらウケるかな」ってことだけを考えていますね。

新井 お笑いについて考えている板尾さんに、ひとつ回答をもらったような気がします、ありがとうございます。

板尾 いえいえ、でも新井さんは同級生だったので、僕ももっと外に出て自分に刺激を与えないといけないな、と改めて思いました。

(取材:萌映)


<イベント情報>
関西演劇祭 2023
日程:2023年11月11日(土)~19日(日) ※休演日あり
場所:COOL JAPAN PARK OSAKA SS ホール(大阪市中央区大阪城3-6)
参加劇団:Artist Unit イカスケ / 演劇 組織 KIMYO / 餓鬼 の断食 劇団イン・ノート / 劇団FAX / バイク劇団バイク / PandA / MousePiece ree / 無名劇団 / ヨルノサンポ団