これからの時代、ビジネスでもスポーツでも最高のパフォーマンスを発揮できるようにするには、どうしたらいいのでしょうか? 戦力的には決して高いとは言えなかった慶應高校野球部ナインが、2023年夏の甲子園で実践した「脳を上手にだまして、“ここ一番”に強くなる方法」を、慶應義塾高等学校野球部メンタルコーチの吉岡眞司氏が紹介します。

※本記事は、吉岡眞司:著『慶應メンタル -「最高の自分」が成長し続ける脳内革命-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

「ポジティブな言葉がけ」で能力を発揮しやすくする

東急電鉄の日吉駅の改札を抜けて、すぐ目の前に見えるイチョウ並木道の両側は慶應義塾大学日吉キャンパス。その並木道を登りきると、右手には慶應義塾高等学校(以下、「塾高」)の校舎が見えます。まむし谷と呼ばれる谷底へ向かう階段をくだり、大学の体育会の施設が集まる一帯を越えると、右手に見えるのが塾高野球部のホームグラウンド日吉台野球場です。

「もっとできるよ!」
「なんだよ、最高じゃん!」

練習中、どんなときでも彼らの口からはチームメイトを勇気づける言葉が飛び出してきます。それに応えるように、いいプレーをする選手たち。さらに大きな歓声が上がり、それに刺激を受けた選手がさらにハッスルしたプレーを見せることで、練習がますます白熱します。

塾高の野球部員は5つのことを実践しています。

  1. ポジティブな言葉がけ
  2. 一点凝視法
  3. 筋弛緩法
  4. 視点を変える
  5. No.1ポーズ

いずれも、脳をセルフコントロールする方法で、“ここ一番”で実力以上の能力を発揮してゴールに到達させる、大脳生理学と心理学に裏付けられた“脳からアプローチして心をコントロールする”メソッドです。

▲「ポジティブな言葉がけ」で能力を発揮しやすくする イメージ: mits / PIXTA

今回は、[1]ポジティブな言葉がけと[2]一点凝視法を紹介します。

常にポジティブな言葉を使う。それは私が彼らに最初に提案したことのひとつでした。積極的にポジティブな言葉を使うと同時に、ネガティブな言葉を極力使わないように指導しました。

それはなぜか。ポジティブな言葉は、人間の能力を引き出しやすくする力があるからです。一方でネガティブな言葉は、いいパフォーマンスを引き出すことを困難にします。

私は生徒に、こんな問いかけをしました。

「背中を丸めて、下を向いて『自分なんかダメだ』とつぶやいてごらん。姿勢が悪いから肺が圧迫されて、どうしても大きな声は出せないし、途端に暗い気持ちになったよね。逆に、背筋を伸ばして、視線を少し上に固定して『俺はできる』と大きな声を出してみたらどうだろう。なんだか元気が湧いてきたような気がしないかい?」

ポジティブな姿勢や言葉は、人間の能力を発揮しやすくすることが知られています。

オーリングテストで体験してみよう

オーリングテストと呼ばれる有名な実験があります。人間の体が、いかに正直かということを示すテストです。それは「体に合わないものを近づけたり、体の異常のある部分に触れたりすると筋力は低下し、反対に、体に有効な薬剤などを与えると、筋肉の緊張が保たれ筋力も維持される」というものです。

オーリングテストをすることで、体の中の異常部分を発見したり、有用な薬剤を判断することができます。

これを応用したテストを、生徒に2人1組で行ってもらいます。

1人には、親指と人さし指で、ある程度力を入れて"OK"のポーズのようにオーリングを作ってもらいます。そして、もう1人には、図のように両手でリングを外そうとしてもらいます。親指と人さし指にどれだけ力を込めたとしても、両手の力でそのオーリングを外そうとする力には勝てません。ですから、もう一人のほうには、両手でどのくらいの力でオーリングが外れるのかを最初に確認しておいてもらうのです。

▲オーリングテスト

そしてテスト開始です。まず、オーリングを最初と同じ力で作ってもらってから、“ありがとう”と言い続けてもらい、両手でオーリングを外そうとしてもらいます。すると、先ほどと同じ力ではリングを外そうとしても、不思議なことに解けないのです。

ところが、同じようにオーリングを作ってもらい、今度は"もうダメだ"と言い続けてもらい、両手でオーリングを外そうとすると、あっという間にオーリングが外れてしまうのです。

まったく力を抜いたつもりはないのに、ネガティブな言葉を発すると、不思議なことに力が抜けていくのです。

人生で一番いいパフォーマンスをしたとき、人は下を向いていたでしょうか。きっと上を向いて、前向きな言葉を口にしていたはずです。

つまり、自分が最高のパフォーマンスを発揮できるのは、ポジティブな気持ちのときなのです。そして、ポジティブな気持ちを引き出すのは、ポジティブな態度や表情、言葉なのです。

恐ろしいことに、ネガティブな言葉は伝染します。

あなたが会社員だとします。月曜日の朝、会社に着いた途端、席の近い先輩が「仕事面倒くせえなあ」とつぶやくのが聞こえたら、きっとあなたのやる気もそがれますよね。それと同じことです。その一方、営業成績がトップクラスの後輩から「今日は本当にいい天気でやる気が湧いてきますね」と言われたら、あなたも「自分もがんばろう」と思うのではないでしょうか。

意識的にポジティブな言葉を使うことで、塾高の選手たちは練習から最高のパフォーマンスを発揮できるような態勢を整えていたのです。