桑田真澄も実践していた「一点凝視法」

試合中、塾高の選手が自分のグローブやバットをじっと見つめることがありました。それはピンチの場面だったり、あるいは得点機であったりと、試合を決める大事な場面で、です。

彼らは何を見ていたのでしょう。グローブやバットに、大切な人からのメッセージが書いてあったわけではありません。

彼らはなぜじっと一点を見つめていたのでしょう。

桑田真澄さんという投手はご存じでしょう。PL学園出身で清原和博さんと一緒に甲子園で大活躍して「KKコンビ」の名は全国区となりました。

1985年、巨人軍に入団しプロでも大活躍。大きな負傷からカムバックしたり、2007年には戦力外通告を受けたのちにメジャーリーグに挑戦したりと、野球への深い情熱を持った選手として、多くのプロ野球ファンに愛されました。若い方には“アーティストのMattさんのお父さん”といったほうがわかりやすいかもしれませんね。

桑田さんといえば、マウンド上で見せる仕草がよく話題になっていました。ピンチになると、マウンド上でボールを見つめてブツブツと何かをつぶやいていたのです。覚えている方も多いでしょう。

桑田さんは読書家として知られ、事細かな人というイメージを持たれていました。だから「ボールに向かって話しかけるなんて本当に変わった人」と面白がって報道されていたと記憶しています。

しかし、あのボールへのつぶやきは、桑田さんが最高のパフォーマンスを発揮するうえで欠かせない儀式だったのです。

これは「一点凝視」と呼ばれる集中方法です。

どうしても注意力が散漫になるときってありますよね。翌朝までに急ぎの書類を作らなくてはいけないのに、ほかのことをしてしまう……など。

学生時代に試験勉強をしているときもそうでした。勉強をしなくてはいけないのに、突然、部屋の片付けをしてしまったり、あるいは本棚の漫画を読み始めてしまったり……。集中しなくてはいけないと思うのに、ほかのことに意識が向いてしまうのは、あなただけではありません。

ピンチを乗り越えるために心を落ち着かせる

何かに集中したいと思ったら、何か一点をじっと見つめてみてください。3秒も見つめたら十分でしょう。

これはスポーツ選手が積極的に取り入れている方法です。テニス選手はサーブの前にラケットを、サッカーの選手ならフリーキックの前にボールをじっと見つめる。

塾高の選手は、まさに集中するためにグローブやバットを見つめていたのです。そして、自分を鼓舞する言葉を心の中でつぶやいていました。

メンタルの動揺はパフォーマンスに悪影響を及ぼします。たとえば、自分の失投のせいでノーアウト満塁のピンチに直面した投手が、そのあとの打者にいいボールを投じられることはまれです。力んで投じたボールが相手に弾き返される、あるいはストライクゾーンを大きく外れて押し出しという結末がありありと想像できます。

人は動揺しネガティブな気持ちになると、心臓の鼓動が速くなり、落ち着きがなくなり、視線はぶれます。

そんなときに有効なのが、この一点凝視法です。

不安を感じる場面に直面したら、まず腹式呼吸で大きく深呼吸をしましょう。呼吸というのは、自分の意志で自律神経のバランスを調整できる貴重な方法です。緊張やストレスを感じると浅い呼吸になりますが、深呼吸をすることで副交感神経の働きが高まり、自律神経のバランスが整い、落ち着くことができます。

▲ピンチを乗り越えるために心を落ち着かせる イメージ:EKAKI / PIXTA

あなたが日常生活で実践するときも、特別な道具は何も必要ありません。ボールペンのペン先であったり、パソコンの画面の一部をじっと見つめるだけで良いのです。

短い時間で急激に集中力を上げたり、途切れた集中力を回復させることも可能です。たとえば起床直後や、練習や試合の前にも有効です。また、頭がしっかりしている状態でも、やるべきことが多く注意力が散漫になってしまいそうなときにも使える手段です。

塾高の選手も一点を見つめることで落ちつきを取り戻しました。ボールの縫い目や、バットのグリップ、グローブを一点凝視していると、視線が定まり、脳が「自分は動揺していない」と認識して、精神的に落ち着くのです。

何かを見つめながら、ポジティブな言葉を口にするとより良いでしょう。

「自分はこのピンチを乗り切れる」

一点凝視したのち、ボールやバットに向かってそう強く言い聞かせることで、自分はそうできると思えるようになり、ピンチも乗り越える心の準備ができるのです。