社会人の学び直し「リカレント教育」など、政府が助成する動きとなっています。人口も減り、国際的競争力が落ち始めている日本。社会人となっても、状況の変化にあわせて継続的にアップデートすることが求められています。講談社科学出版賞を受賞した注目の脳研究者・毛内拡氏が、博士号を取得することの意義を語ってくれました。

※本記事は、毛内拡:著『脳研究者の脳の中』(ワニブックスPLUS新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。

「課程博士」と「論文博士」はどちらも同等

博士と名前のつくキャラクターは、アニメや漫画にもよく登場しますが、白髪で髭が生えているようなイメージをお持ちではないでしょうか。

学術的な意味での博士は、大学院の単位を終了することで博士論文の審査資格が得られます。したがって、浪人や留年、飛び級などを考慮に入れなければ、大学に4年、大学院に5年の計9年間、最短で27歳で博士になることができます。白髪のひげもじゃとはほど遠く、じつにフレッシュな博士の誕生です。

必ずしも博士課程に在籍しているあいだに博士論文を提出しなくてもよく、博士課程の単位を満了し、修了したあとも、博士論文の審査を受ける資格があります。

在籍時に取得した博士号は「課程博士」と呼ばれ、修了後に取得したものは「論文博士(論博)」と呼ばれますが、どちらも博士号としては同等のものになります。

▲最短で27歳で博士になることができる イメージ:jessie / PIXTA

27歳を若いと思うかどうかは感じ方にもよると思いますが、在籍している本人からすると、周りが就職していくなかで、自分はまだ学費を払い続けている学生であるというのは、じつにプレッシャーを感じるものです。

27歳というと、学部を卒業してすぐに就職した場合は5年目なので、会社でもそれなりの中堅にさしかかり役職がつき、結婚して子どもがいる場合もあるでしょう。早い人だと、マイカーやマイホームという話にもなります。私も久々に旧友に会っても、埋めようのない距離感というか、疎外感を感じたものです。

海外の大学では、博士課程の学生は立派な職業として、研究室からお給料をもらって働いているとみなされます。一方、日本では学費を払い続け、無給のことが大半です。

アルバイトと研究活動を両立するのは大変です。親からの仕送りなしでは生活することができないことも多いと思います。最近では、博士課程の学生の生活を支援するとか、学費相当のアルバイト料を支払う制度なども散見されますが、予算には限りがありますので、支援を長年にわたって継続するのは難しいようです。

そういう意味では、一度就職して経済的に安定を得てから、もう一度大学院に入り直して博士号の取得を目指す、社会人ドクターと呼ばれる取り組みは、大変良いと思います。

当人は、働きながら勉強もして研究もして、というのは大変だと思いますし、指導する側も夜や週末にしか指導できませんので大変な労力かと思います。それでも、博士号を取得することには意義があると思うので、ぜひそのような取り組みに理解のある企業が、今後増えていけば素晴らしいと思います。

最近では、社会人が学び直しの機会を求めて大学や大学院に入り直す、「リカレント教育」が推進されています。子育てや介護などで、いったん研究から離れてしまったけど、もう一度研究の現場に戻りたいという思いは、できるだけ受け止めてあげたいと思います。

海外で働くときに重宝される「博士号」

ところで、企業で働くのであれば、そこまでして博士号を取得すべきなのでしょうか。研究者になるわけではないから博士号は必要ない、とお思いかもしれません。

しかし、製薬企業などに勤める友人いわく、海外では博士号を持っていて企業で働いている人が大勢いるので、交渉やディスカッションをしても、博士号を持っていないと相手にしてもらえないという話を聞いたことがあります。

▲海外で働くときに重宝される「博士号」 イメージ:metamorworks / PIXTA

また、最近ではスーパーサイエンスハイスクール(SSH)という取り組みも盛んに行われていて、教育業界でも高度な理科系の授業や実験、科学部や生物部などの部活の顧問でも、研究経験者、すなわち博士号を持っていることが求められていると聞いたことがあります。

博士課程まで進学すると就職に不利になるということも一時期言われていましたが、最近では博士号を持っていても普通に就職することも当たり前のようになってきています。