今秋開催された『キングオブコント2023(以下、KOC)』16代目チャンピオンとなったサルゴリラ。NSC東京9期生で芸歴20年目。同期はハリセンボン、しずる、ライス、囲碁将棋、パンサー・菅良太郎などの実力派が揃っており、以前組んでいた「ジューシーズ」というトリオを解散後、二人になってからは劇場を中心にコントを作り続けてきた。

また、現在はしずる、ライス、同期の構成作家・中村元樹からなる演劇チーム「メトロンズ」の一員としても活動中。年明けには第6回公演が控えているが、『KOC』で評価された演技力は、同劇団での公演のなかで磨かれていったと語る。優勝後は100件以上のオファーが舞い込むなど、慌ただしい日々を過ごすなかで、その充実ぶりを存分に感じるインタビューとなった。

※本記事は『+act.(プラスアクト)2024年1月号』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。

37歳でまたバイト…そしたら児玉の才能が開花

――『KOC』優勝から少し経った今の心境を聞かせてください。

児玉智洋(以下、児玉) やっぱりうれしいですよ。慣れることってあるのかなって……だって優勝、日本一ですからね。

赤羽健壱(以下、赤羽) 毎日がうれしいですね。いろんな現場で「おめでとう」って祝ってもらえますし。

児玉 新しい経験もたくさんさせてもらってます。昨日なんてドンペリもらっちゃいましたよ。

赤羽 盾とね? 僕は今、実家暮らしなので、母ちゃんと父ちゃんがすごく喜んでて。「ドンペリは飲めないよ~」って言ってました。

児玉 だよね。俺も正月に飲もうと思ってた。あと、周りの芸人が喜んでくれたのも、うれしかったですね。僕らくらいの芸歴になると、芸人の友達はほぼ売れているから、みんな悔しいみたいなのがないのかな? 心から喜んでくれてます。

赤羽 どの現場に行っても誰かしら友達がいるので、安心して収録にも臨めてます。

――とはいえ、優勝までの道のりは大変でしたよね。

児玉 そうですね。以前、組んでいたトリオを解散してからはバイトもやってました。

赤羽 37歳でまたバイトを始めたんだよね。テレアポのバイトを二人でやってたんですけど、児玉の才能が開花しまして。スカウトされたよね?

児玉 「君なら1000万円稼げる」って言われて、芸人を辞めようかなと初めて思いました。

赤羽 思いとどまってくれてよかったです。

――お二人は幼稚園からの幼馴染みですが、小さい頃からお笑いは好きだったんですか。

赤羽 二人ともすごくテレビっ子で。僕は録画するタイプの子どもだったので、トモ(児玉)と一緒にウチで、とんねるずさん、ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさんとかのバラエティ番組を一緒に見てはマネしていました。

児玉 あと、オリジナルのラジオ番組を録ったり……録音と再生のボタンをガチャッと押すタイプのラジカセで。「おしべとめしべ」っていうコンビ名で、自分たちで作ったオリジナルソングを歌ってました。

赤羽 あはは! 初めてのコンビ名だね。それが小3とかですかね。けど、芸人になろうみたいな話はあんまりしてなかったです。

児玉 大学では遊びで一瞬だけですけど、二人でラップをやってました。で、僕は就職活動のタイミングでラップをやめて。

赤羽 僕はトモと二人で吉本に入りたいなとは、なんとなく思っていて。就活を始めたって聞いた日に電話して「ちょっと話がある」って呼び出したんです。

児玉 原宿のロイヤルホストだったよね。

赤羽 「NSC行かない?」って誘ったんです。最初は渋ってましたけど。

児玉 じゃあ行くかって決めました。

――赤羽さんのなかでは、学生時代から児玉さんと芸人になりたいという気持ちがあったんですね。

児玉 うっすらですけど、ずっとそういう雰囲気を出してましたね。

赤羽 (笑)。こいつ、誘ってきそうだなって感じてた?

児玉 というか、もしかしたら芸人をやるかもしれないみたいな雰囲気。けど、大学生になったので無理だろうなと思っていて。それこそ、就活ではお笑いに携わってみたいなというところから、番組制作会社への就職も考えてました。