全く見当違いのことを言っているのかも

この本では、ラッパーたちのリリックの巧みさが数多く分析されている。特にRHYMESTERのMummy-Dのすごさが際立っていると感じた。

「ラッパーはみなさんすごいので、特にDさんだけが特別ということではないと思うんです。ただ、この本の執筆を通して、Dさんと個人的にも交流できて、彼のことをより深く知れたので、Dさんのすごさを言語化することができただけだと思います。

他のラッパーのみなさんも、たぶん私がまだ気づけていないような、すごい技術をいっぱい持ってらっしゃると思うので、Dさんと同じくらい交流できる機会があれば、それを言語学的に解釈して、世間のみなさまに伝えられると思います」

日本語ラップの研究をしていて、うれしかったエピソードを聞いてみた。

「ZEEBRAさんに“外部の視点からこういう研究をやってくれるのはありがたい”と言われたことですかね。自分の中で“全く見当違いのことを言っているかも……外野で勝手にガヤガヤしているだけかも”という不安は常にあったので、それを聞いたときはうれしかったです」

RHYMESTERのMummy-Dからは「口腔内発音系ド変態」という称号を授かった。川原さんにとっては「最高の栄誉」だ。

「Dさんは人柄がとても良いんですよ。良い人柄の方が“ド変態”って呼んでくれることの意味、そしてそれを伝えてくださるときの表情を見ていると、心から応援してくれていると感じられました」

川原さんは過去に『フリースタイルダンジョン』に審査員として出演したことがある。

「出演オファーをいただいたときは事の重大さを理解してなかったです。“誘われた! うれしい! やったー!”くらいの感じで。いざ番組が放送されたら、“なんだコイツ”っていう視線にさらされて、少しツラかったです。でも、僕も大好きなラッパーのみなさんと交流できるのはうれしかったですし、ミーハーな気持ちが全くなかったかといえば、それも噓になります」

ゴスペラーズも韻踏んでんじゃん(笑)

川原さんはラッパー以外にも交流しているミュージシャンがいる。ゴスペラーズの北山陽一も、その一人だ。交流が始まったきっかけは、北山さんが川原さんの講義を受けていたところからだという。

「北山さんが大学院生として大学に戻ってきていて、私のオンライン授業を受けていたんです。自分の歌を高めるためには音声学を学ぶことが助けになる、そうおっしゃってくれて。それからずっと仲良くさせてもらってます」

そのようなこともあり、昨年末にゴスペラーズのコンサートに招待された川原さん。そこでゴスペラーズにも韻を踏んでる曲があることを初めて知ったという。

「『VOXers』という曲で韻を踏んでたんです。コンサート中に“韻踏んでんじゃん”と思って(笑)。 北山さんは私が韻の研究をしてることを知ってたはずなのに、『VOXers』について2年半も教えてくれなかったんです。少しショックでした(笑)。まぁ、自分でちゃんとゴスペラーズの曲を聴けよって話ですが。

それはおいておいて、『VOXers』について北山さんを問いただすと、“作詞したのが自分ではなく酒井(雄二)さんなので、酒井さんと直接話したほうがいいと思ってた”と言ってくれました。さっそく実際に酒井さんとお会いする機会も作ってくださって、いろいろ語らさせていただきました。

酒井さんに許可をもらって、『VOXers』の韻の分析も書きあげましたし、『Fly me to the disco ball』って他にも韻を踏んでいる曲もあって、そちらの分析も書きあげたら、ゴスペラーズファンの方々に喜んでもらえました」

川原さんは『VOXers』を聴いて、RHYMESTERからの影響を感じたという。ゴスペラーズとRHYMESTERは共作をしたこともある関係だ。

「Mummy-Dさんと非常に近い韻の踏み方をしてるんですよね。具体的に言うと、“母音が無声化してたら、対応する母音がなくてもいい”みたいな感覚が、すごくDさんに近いと思いました。

以前、ゴスペラーズとRHYMESTERが共作をしたとき、Dさんと宇多丸さんがゴスペラーズの前でリリックを書いていたそうなんですよ。酒井さんはそれを目の当たりにしてたらしくて。酒井さんがどんな想いを持って韻を踏んだ曲を書いているかなどもお聞きしたので、いつか正式に対談したいですね」

最後に、今後の活動や夢について伺った。

「北山さんとの共著で作った絵本『うたうからだのふしぎ』が出たばかりなので、それをアニメ化、コミカライズしたいですね。じつは、その絵本の曲も北山さんに作ってもらったんです。『言語学的ラップの世界』も楽曲になりましたし、言語学者として引退するまでに私がかかわった曲でアルバムが出せればいいなと思います、タイトルは……『言語学的…なんとか』になることくらいしか今のところは思いつきません(笑)」

(取材:山崎 淳)


プロフィール
 
川原 繁人(かわはら・しげと)
2002年、国際基督教大学より学士号(教養)、2007年、マサチューセッツ大学より博士号(言語学)を取得。ジョージア大学・ラトガーズ大学 assistant professor を経て、2013年に慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在、教授。専門は言語学・音声学。近著に『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)、『フリースタイル言語学』(大和書房)、『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか?』(ディスカヴァー21)、『うたうからだのふしぎ』(講談社)、『日本語の秘密』(講談社現代新書)など。義塾賞(2022年)、日本音声学会学術研究奨励賞(2016、2023年)を受賞。X(旧Twitter):@PhoneticsKeio