南米でも最も経済の発達した国だったベネズエラは、チャベス、マドゥロと続く悪政により、政治経済が完全に崩壊している。今年7月28日には大統領選挙が予定されているが、有力な野党候補者がいない状態だ。かつて、ニカラグアやペルーなど中南米の紛争を取材してきた軍事ジャーナリスト・黒井文太郎氏が、利権集団となってしまったベネズエラ軍と失政続きの政権について語る。

※本記事は、『工作・謀略の国際政治 -世界の情報機関とインテリジェンス戦-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

豊富な石油資源で南米随一の豊かな国だった

かつては南米でも最も経済の発達した国だったベネズエラの政治経済が今、完全に崩壊している。とくに2014年の原油価格の続落をきっかけに経済が破綻し、ハイパーインフレーションが進展した。

インフレ率は最高時で年率1000%超。産業も行政サービスも事実上崩壊し、失業率は40%以上、貧困率は60%にも達した。社会インフラは麻痺()し、停電や断水も頻発した。治安が悪化し、犯罪も多発している。

食料不足も深刻で、貧困層を中心に国全体で飢餓が広がった。医療の崩壊で、病死率も急上昇し、数百万もの国民が国外に逃れた。もともとの人口が約3100万人だから、国民の1割以上が国外脱出したことになる。

豊富な石油資源で南米随一の豊かな国だったベネズエラの、目を覆うような凄まじい破壊ぶりだが、その原因は、ニコラス・マドゥロ大統領の失政に尽きる。政治を誤り、経済政策を誤り、国家機能が崩壊したのだ。

▲豊富な石油資源で南米随一の豊かな国だった イメージ:moovstock / PIXTA

2013年5月、チャベス大統領が癌で死去すると、ニコラス・マドゥロ副大統領が大統領に就いた。今日のベネズエラの国家崩壊の種を撒いたのは、疑いなく前大統領のチャベスだが、国の破壊をさらに加速度的に進めたのは、後継者のマドゥロである。しかも、その加速度が凄まじかった。

マドゥロは、晩年のチャベスが彼を外相、副大統領に据え、後継者に事実上指名していたことで、大統領に上り詰めた。もともとバスの運転手で、組合運動出身の活動家だが、20代半ばにキューバで政治活動の訓練を受けたこともあり、実質的にはキューバ情報機関と密接な関係にあったとみられる。

チャベスがマドゥロを後継者に指名したとき、軍や政界の上層部では反発も少なくなかった。ベネズエラ政界では、マドゥロはキューバの後押しでチャベスに取り立てられただけの存在であり、もとよりたいした実績もなければ、国民の支持もなかった(チャベスは国の政治経済に大きな傷を残した元凶だが、貧困層に支持者は多かった)。

そんな経緯から、マドゥロ政権はますます親キューバ色を強めていった。チャベス時代、すでに軍上層部にキューバの軍事顧問を迎えていたが、軍部を掌握するため、マドゥロはその政策をさらに進めた。

いまや軍事顧問という名目でベネズエラに常駐しているキューバ情報部員は、米南方軍によれば、2万5000人に達しているという。ベネズエラはその見返りに、多いときには日産10万バレルもの原油を、実質無償でキューバに提供している。

このため、ベネズエラでは軍高官がマドゥロの意向に逆らえば、キューバ情報機関の指揮下で即座に粛清される状況にある。政治権力のカギを握るのは軍の動向だが、マドゥロはこうした仕組みで実力組織である軍を掌握している。

さらに軍上層部に広く利権の構造が存在しており、彼らは腐敗したマドゥロ政権であればこそ、その甘い汁の恩恵に()り続けることができる。そもそもベネズエラ軍は、チャベス時代に集中的に予算が振り分けられた。

それは軍の利権構造化をきわめて強くした。こうして軍は汚職まみれの組織になった。また、チャベスは軍を掌握するために、軍幹部に国営企業・省庁・金融機関などのポストを与えた。これでますます軍は汚職の温床となった。

ベネズエラ軍内部で跋扈()する麻薬ビジネス

マドゥロは、この傾向をさらに大掛かりにした。2017年11月に国営石油公社「PDVSA」総裁兼石油相に、国家警備隊のマヌエル・ケベド少将を指名するなど、主要な国営企業トップや閣僚に軍人枠をあてがい、軍に国家の基幹ともいえる巨大利権を与えたのだ。とくにカネになる資源開発部門には、多くの軍高級将官が関与しており、濡れ手に粟の利益を享受している。

さらに、利権の温床である中央省庁も、軍幹部に与えられた。軍の特権的な地位を利用し、たとえばハイパーインフレを外貨の為替操作で迂回することで、海外から食料品を安く購入し国内の闇市場で超高額で売り抜けた、などという事例もあった。軍は国防の組織というより、もはや完全に利権集団となっている。

▲ベネズエラの軍事パレード(2014) 出典:Ricardo Patiño / Wikimedia Commons

それだけではない。ベネズエラ軍には巨額の麻薬利権も存在する。軍内部に麻薬密輸ネットワークが存在しており、マドゥロ政権と深く結びついているのだ。ベネズエラでは、早くもチャベス政権以前の1990年代に、キューバ情報機関が仲介役となり、隣国コロンビアの左翼ゲリラ「コロンビア革命軍」(FARC)と連携したコカイン密輸ビジネスが存在していた。

それが、1999年の親キューバのチャベス政権の誕生で、一気に成長したという経緯がある。軍は当初、密輸に便宜を図ることでコミッションを得ていたが、2000年代半ば頃からは、自身が密輸そのものに参画していった。

ただし、このネットワークは単一組織ではない。多数の軍高官がそれぞれ自前で麻薬密輸ビジネスに参入した。そのネットワークが軍内部に張り巡らされているのである。この軍内のコカイン密輸ネットワークは現在、マドゥロ政権と事実上、一体化している。

チャベス前政権およびマドゥロ政権の閣僚を含む高官や軍高官が何人も、さらにマドゥロの妻の親族らも麻薬密輸容疑で米国で起訴されている。正規の軍だけでなく、国家警察の上層部も同様であり、さらには「コレクティーボ」というマドゥロ派武装民兵も、そのネットワークには連なっている。

政府・軍上層部がそのまま巨大な麻薬密輸ネットワークに組み込まれているといって過言ではないのだ。