レトロ調の動物や花があしらわれたプリントグラスが、若い世代で人気を博しているのはご存知だろうか。石塚硝子株式会社が手がける食器ブランド「アデリアレトロ」。昭和の家庭で使われていた「アデリア」のグラスウェアの復刻で知られるこのシリーズは、2024年3月までに累計147万個を超える大ヒット商品となっている。

近年の昭和レトロブームのなかでも、大きな役割を担っている「アデリアレトロ」。復刻販売がスタートした2018年は、今のようなブームが起こる前であったが、このプロジェクトが動き出すキッカケになったのは、若手社員の思いつきからだった。今回、ニュースクランチ編集部では、このプロジェクトを立ち上げたメンバーでもある、アデリアレトロのPR担当・桐本夏希さんに話を聞いた。

SNSで「#アデリア」と検索したことから始まった

テーブルウェアから飲料のボトルまで、幅広いガラス製品を製造しているのは愛知県に本社がある石塚硝子株式会社。1819年の創業以来、さまざまな製品を手掛けており、グラスや梅酒を漬ける果実酒ビンの多くがアデリアの製品である。そのなかでも、現在のアデリアレトロの原型となった親しみやすいデザインと手頃な価格の食器シリーズの歴史は深い。

「200年以上の歴史のある石塚硝子のなかでも、アデリアは1961年からスタートしている老舗ブランドです。当時、実際に作って販売していたグラスの柄を復刻したシリーズが『アデリアレトロ』。ポイントは、“レトロな感じ”のデザインではなくて、実際に昭和当時に使われていた“リアルに昭和な”デザイン、というところですね」

昭和の食卓を彩り、多くの家庭で親しまれたプリントグラスたちも、時代の移り変わりとともに人気が低迷し、昭和の終わりには生産が終了してしまった。そんな“一度終わってしまった”シリーズを2018年に改めて復刻させたキッカケを聞いた。

「アデリアレトロの商品化は2018年に実現したんですが、発売までには約1年かかりました。企画の始まりは、“SNSで『#アデリア』と検索したら、どんな商品が出てくるんだろう?”と思ったところからでした。

検索してみると、新しい商品よりも昔の商品が出てくることに気づいたんです。昭和のプリントグラスやカラーグラスが今でも根強く支持されているのかも?っていうところに着目し、当時のデザインを復刻することにニーズがあるんじゃないかと考えました」

約1年かけて商品化されたアデリアレトロ。当時の上司から「女性だけでチームを組んでみては?」という声掛けから企画の立案が始まったそうだが、その過程にはさまざまな苦労があったという。

「企画チーム全体で集まる会議があって、そこでOKをもらわないと商品化することができません。でも、当時は他の社員との感覚の違いが大きかったんです。というのも、アデリアレトロは、私を含めて20代の女子社員3人で企画していたんですが、私たちの感覚と上司世代の感覚に差があったんですね。

私たちは“絶対に売れる!”と思っていたんですけど、上司からすると“昔あったデザインを今さら復刻して売れるの?”っていう感じでした。たしかに、上の世代の人からすると新鮮味のないデザインですよね。結局、その企画会議ではOKをもらえなかったんですが、私たちには“これはウケるんじゃないか”という想いがありました」

桐本さんらは企画NGとなっても諦めず、ヴィンテージショップや蚤の市などを回ってレトロファンの声を集めるなどの市場調査を重ね、次の会議でもアデリアレトロの企画書を持って臨んだ。

「企画会議は定期的にあるので、リサーチを重ねて次の会議に持っていったんですけど、そこでもOKはもらえませんでした。さらにリサーチしてまた次の会議に……2018年、レトロブームの先駆けという感じで、ちらほら昭和チックな商品が出始めてました。“これ、ブームが始まるかも?”と思って、他の会社がどういうレトロチックな商品を作っているのかをリサーチしました。もちろん、本当にレトロブームがくるかはわからなかったんですけど……」

これは来るぞ! という感覚を信じ、それを確かなものにするために手足を使って市場調査を重ねたと話す。何度も差し戻しをされるなかで、いったい何が上司の心を動かしたのか。

「こんなに同じ企画を何度も出すことはあまりないことなので、企画内容が刺さったというよりは、おそらく心意気が買われたんじゃないかなと(笑)。最終的にはその姿が評価されて、“じゃあ、試しに500個作ってみる?”と言ってもらえました。しつこくめげずに企画を持っていったので、その姿勢を買ってくれたのではないかと思っています」

ファンの方と一緒に商品や企画を作っている

たった500個の商品化から始まったアデリアレトロ。それが、今や累計で100万個超も売れる人気シリーズとなっているが、話題となったのはこれまで話してくれた桐本さんたちの開発ストーリーだった。

「発売して1年目、コンスタントに売れてはいたんですが、そんなに話題にはなっていませんでした。そんななか、たまたま取材してくださったメディアさんがあって、開発時の苦難のストーリーみたいなものを初めてメディアで語ったんです。インタビューの横道くらいの感覚で話したんですけど、インタビュアーさんが“その話、もっと詳しく聞かせてもらえますか?”と注目してくださって。

その記事がキッカケとなって、メディアさんに声をかけていただく回数が増えました。正直、悔しい思いもしたし、私の中では必ずしもポジティブな思い出ではなかったんですけど、そのストーリーがこんなに多くの方に注目してもらえるキッカケになるんだ! と驚きました」

自分が良いと思うものは、少し意固地になってでも貫いたほうがいいのかもしれない、そう思わされるエピソードだ。気になったのは、今ではSNSをうまく活用してファンを増やしているが、もともと若い社員の感性を大事にする社風があったのか。もしくは、この一件をキッカケに風向きが変わったのか、というところだ。

「昔から上司と若手の距離は近くて、そんなにガチガチな上下関係がある感じではなかったですね。ただ、アデリアレトロに関しては、今までの商品化の動きと全然違っていて、わからないことだらけでした。これまでコラボレーションなんてなかったですし、シリーズに特化したSNSを作ることもなかった。会社にとっても全部が初めてのことでした。

アデリアレトロが話題になってからは、私たちの意見を同じボリュームで見てくれるようになったと感じてます。今ではアイデアが出たときは否定されることなく、“どうやって実現させるか?”から話をスタートしてくれるので、アイデアも出しやすい環境です」

桐本さんから見たアデリアレトロの魅力を改めて聞いてみた。

「私がSNS担当なのもあるんですけど、ファンの方と一緒に商品や企画を作っているのが魅力だと思っています。今までは、弊社の商品を使ってくださる方の声が、こちらまで聞こえてくることはなかったのですが、今はありがたいことに約7万人のフォロワーさんが見てくださっていて、かつ積極的に関わろうとしてくださる方が多いんです。

皆さんに意見を求めると反応が返ってくるので、一緒に商品を作っている感じがするんです。そうやって開発した商品が発売するとき、皆さんがワクワクして待ってくれている。そこが他とは違う魅力になっていると思います」

7万人のフォロワーのなかには男性のファンも多くいる。性別や年齢層など、想定と実際の乖離はあったのだろうか。

「最初、昭和レトロに興味を持つのは、若い世代、20代の方々だと思っていたんですけど、実際は40〜50代の方からも“懐かしい”っていう感想がすごく届いています。逆に20代の方々にとっては新鮮に見えるんですよね。世代によって2パターンの受け取り方、楽しまれ方があって、幅広い世代に受け入れていただいているのと思います」

ファンとの商品開発を進めるなか、桐本さんが印象的だったアイデアは、発売されたばかりの「魔法のグラス」だという。

「魔法のグラスとは、1979年~88年頃まで販売していた、冷たい飲み物を注ぐとプリントの色が変わる不思議なグラス。ヴィンテージグラスを投稿したときから、復刻希望の声が多くありました。当時は子ども向けのグラスとして売られていたし、色が変わるっていうのも昔の子ども騙しな技術と思われているだろう考えていたんですが、これがすごく反応が良くて! “今、これが求められているんだ”と思いましたね」