創作で大切にしているのは「考証」と「自分らしさ」
こうして、アニメーション作りの世界に本格的に足を踏み入れることになる。創作活動をするうえで大切にしていることを聞いた。
「アニメーションを作るうえで、考証と自分らしさのバランスにはすごく気を遣っています。例えば、僕の自主制作の作品だと、『もしも昭和30年代にiPhoneのCMが放送されていたら』という動画があるのですが、あれは実際に昭和30年代後半ぐらいの日本のテレビCMとして放送されたアニメーションの技法を忠実に再現しています。
当時らしい撮影技術と、当時らしい作画のスタイル、キャラクターデザインやナレーションの構成など、とにかく時代考証にこだわって作った作品なんです」
〇もしも昭和30年代にiPhoneのCMが放送されていたら【架空CM】
『もしも昭和30年代にiPhoneのCMが放送されていたら』の動画は、絵柄や映像の細かな乱れ、歌詞の言い回しの“昭和っぽさ”の再現度の高さから、50万回再生(2024年7月現在)と、国内外問わず注目を集めている。「この架空CMを白黒時代を知らないクリエイターが作っているなんて……」という驚きのコメントも少なくない。
「自分が創作をするうえで、三木鶏郎さんという音楽家はキーマンになっています。日本のコマーシャルソングの基礎を築いた音楽家なんですが、彼の作ったコマーシャルソングと、その歌詞や構成にはかなり強い影響を受けていますね」
三木鶏郎は、終戦直後から1960年代の放送界で活躍した音楽家で『鉄人28号』『トムとジェリー』『ジャングル大帝』のテーマソング他、さまざまなコマーシャルソングを手掛けている。
さらには、その門下から、永六輔や三木のり平など、その後のカルチャーを牽引する人材を多数輩出し、戦後日本の芸能史や音楽史に大きな影響を与えた人物だ。
「キャッチーなフレーズやメロディーをひたすら繰り返すといった、当時のコマーシャルソングらしさを自分の中に取り込むために、三木鶏郎の全集CDなどを買って、何度も聞いていました。それをいかに自分の創作に活かすかというところは、かなり力を入れてやっています。
映像に関しては、音楽を聞いてるだけだと思い浮かばないので、YouTubeなどで実際に見るようにしています。過去の桃屋さんのCMや、サントリーさんのアンクルトリスのCMはYouTubeで繰り返し見ています」
さらに、インターネットで検索できるだけでは足りず、横浜にある放送ライブラリまで足を運び、所蔵されている1960年から1968年までのアニメーションで作られたコマーシャルを全て見たこともあるという。
そうした膨大なインプット量を下地にしつつ、彼らしい動画を作り上げていった。
「ミュージックビデオなどを作るときには、時代考証のエッセンスを薄めつつ、より自分らしさを前面に出すようにしてます。全体のスタイルは、過去の文化からの借用をしつつ、曲のリズムに応じたキャラクターの動かし方などの細かい部分は、自分らしさや曲の持つ特徴を優先させてます」
絵が動くことの楽しさを伝えたい
1961年から放送を開始している『みんなのうた』は、およそ1500曲を世の中に送り出してきた。シンプルながら味のあるキャラクターなどは、彼の作品に通じるものを感じる。
「創作においては、NHKの『みんなのうた』にも大きく影響を受けていますね。音楽に合わせて、かわいらしいキャラクターがのびのび動く、あの感じです」
アニメーションの技法に、キャラクターのポーズは変わらないまま、ブルブルと細かく動いてみせる同トレスブレというものがある。その動きを、曲のリズムと絶妙に合わせる、といった曲とのマッチングもクリエイターの腕の見せどころなのだとか。
「特にミュージックビデオを作るときは、アニメーションだからこそできる、音楽とアニメーションの動きの緻密なマッチングを大事にしたいと思っています。小学生の頃からジャズやマンボ、ボサノバなどの強いビートを持ってる音楽が大好きでした。そういった音楽への関心も影響しているのかもしれません。
マックス・フライシャーの話にもつながるんですけど、フライシャーのアニメーションって、音楽とアニメーションのシンクロ度が凄まじいんです。それを、幼少期からずっと見て、感動してきたので、僕も『みんなのうた』やフライシャーのように、絵が動くことの楽しさを見る人に提供できたらいいなと思っています。
でも、自分の絵にはコンプレックスがあるんです。静止画では人と勝負できないなと感じているので、せめて心地の良い動きを生み出すことだけは頑張ってやろう、という気持ちがあります」
静止画で見るキャラクターも非常に魅力的だが、やはりアニメーションにおけるキャラクターの真の魅力は、動いてこそ発揮されるようだ。彼の持ち味でもある“中毒性のある動き”は、緻密な計算によって作り出されていた。