“昭和レトロ”をレトロだけで終わらせない
昨今は、昭和レトロや平成レトロなど、「レトロブーム」が続いており、純喫茶やフィルムカメラ、花柄のキッチングッズなど、あえて令和にないものが若者を中心に好まれている。彼の作品も、そういった昭和レトロの視点から楽しまれることも多いという。
「じつは、僕はあまりレトロっていう言葉にはしっくりきていなくて(笑)。レトロにはこだわっていないというか。僕はどちらかというと考古学な意味で自分の作品を楽しんでるところがあるんです。アニメーションを作る楽しさと、アニメーションの歴史を自分で再現する楽しさの二つです。
当時だからこそ実現できたような撮影技術とか、当時のキャラクターデザインの傾向はどんなだったのか、ということをよく考えます。あとは、当時だったらできないことはしない。自分でその時代の歴史を再現する、という部分に強い関心を持っているというのが大きいと思います。
あと、昭和は64年もあるので、昭和という同じ時代だからといって、『昭和レトロ』っていう言葉だけでくくるのは難しいと思うんです。トレンドはあったとしても、数年経てばそれも変わってしまうので」
もちろん、幅広い世代の人々に、歴史に興味を持ってもらうきっかけとして、自分のアニメーションを使ってもらえることは喜ばしいとも話す。
しかし、時代の変遷とともに、表現や価値観など、変わってきたものがあるのも事実だ。今の時代に合うものを模索し、何が適切で、何が不適切なのか、再検討していくことが大切だと語る。
「CMひとつとっても、放送当時の表現や価値観をそのまま引き写して作ってしまうと、やっぱり今の時代にそぐわないものがあります。
歴史を再解釈し、そういった部分を改善していくことは、ある意味で歴史を再検討することにもつながるし、いろいろな世代の人が、それぞれの時代について、関心を持つきっかけになるんじゃないか。だから、そう言った“入り口”としての意味合いで、レトロはいいものじゃないかなと思います」
全ての原動力は「アニメーションが好き」ということ
ここまで、制作へのマインドについて焦点を当てて話を聞いてきたが、使っている機材へのこだわりも目を見張るものがある。取材当日も、今日もこれで千日前あたりを撮影しに行こうかと思っているんです、と8mmフィルムのビデオカメラを持参していた。
「幼少期に共働きだった都合で、祖父母の家に預けられていたんです。祖父母の家には、映写機やフィルムなど、今だったら博物館にあるようなものが丸ごと残っていて(笑)。そういったものを自分でいじくり回せる環境が身近にあったんです。
作成したアニメーションを、実際にブラウン管テレビで映したらどう見えるか、というのを試すために使っています。フリマアプリやオークションサイトとかで機材は購入しています。昔のフィルムなどをはじめ、実際に傷を見ないとわからない小さいものや、当時っぽい小道具とかは骨董市で買ったりすることもありますよ」
アニメーションを作るだけでも気の遠くなるような作業量にもかかわらず、昭和らしさを再現するための細部にも手を抜かない。それを、全て一人でやっているとなると、途方もない労力だが……。
「1本のアニメーションを作るのに、だいたい500枚から700枚の絵を1人で描いています。それを映像にして、さらにフィルム風の処理を載せるために調整して……という多くの過程があるので、1本作るのにも体力をかなり使うんです。
しかも、それが必ずしも多くの人に伝わってくれるとは限らない。そういうところでしんどさを感じるときはあります。誹謗中傷とかもありますし、絵を描いてることでいじめられた過去もある。それでも結局、アニメーションを描くことに戻ってきているんです。
たぶん、本当にアニメーションっていうものが好きで好きでやってることだと思うので(笑)、そこは自分を信じていいのかなと思ってます。これからもアニメーションを好きであり続けたいし、自分には厳しくあり続けたいと思います」
最近では、MVアニメーションを制作した、こっちのけんとさんの『はいよろこんで 』が話題となっている。これからも、すばらしいアニメーションを世に発信し続けてくれることは間違いないだろう。
〇はいよろこんで / こっちのけんと MV
YouTubeチャンネルで投稿している動画のコメント欄では、「天才だ」と視聴者から評されているが、天才の一言では片付けられないインプットとアウトプットの量、そしてアニメーションへの愛が垣間見えた。かねひさ和哉のアニメーション愛は止まらない。
(取材:和田 愛理)