誰にも理解されない境遇に苦悩

年が明けた2023年、安齊は上位での試合が続いた。これはエリートしてデビューさせられた人間にしかわからない試練である。秋山準にしても専修大学レスリング主将から全日本にスカウトされ、小橋健太(現・建太)とのセミファイナルでのシングルマッチでデビューし、デビュー19戦目で田上明のパートナーに抜擢されて最強タッグに出場、その後も上位でカードが組まれて苦悩したひとりだ。

当時のことを秋山は「先輩たちのパペット人形みたいなもんで、自分で何をやってるかわからなかったですね。首輪を付けられて引っ張られている感じですね。そこに追いつこうとして必死だったですけど、追いつけなくて。

前座で試合をしている先輩たちには『何であいつはあそこの位置にいるんだよ?』って、思われていたと思います。僕としてはそこを納得させるようにはやってたつもりですけどね」と振り返る。安齊はどうだったのだろうか?

「実力もないのに上の人に引っ張られて試合をするのは凄く大変だったんですよ。だから宮原(健斗)さんとか青柳(優馬)さんにいろいろ教えてもらっていた時は『お前の気持ちは多分、誰にもわからないよ。お前と同じ経験をする奴はそんなにいるわけがないんだから。今、道場にいる人間もちょっとずつ這い上がってきた奴らだから、誰もわかってあげられないと思うけど、頑張れ!』って、ずっと言われていましたね。

たとえば諏訪魔さんと戦うとなったら、諏訪魔さんが第1試合に来るわけがないじゃないですか。だから第1試合に出て、すぐにセコンドに付くという経験が本当に少ないんです。そうなると、わかってくれる人はわかってくれるんですけど『安齊は一切セコンド業務をやらない』とかってSNSとかで書かれちゃうんですよ。それも辛かったですね」

▲スーパールーキーゆえに共有できる相手がいなかった

メインイベンターとしての試合を求められる中で勉強になったのは「全日本の先輩皆さんから学んでいますけど、宮原さんと青柳さんは別格ですね。宮原さんは入場から退場までずっとファンを惹きつける、これぞプロレスラーだと思いますし、青柳さんは技術が一番だと思っているので、受け身から何からセコンドをやっている時からずっと見て勉強してました」と言う。

三冠、N-1 VICTORYへの挑戦

そんな安齊が全日本の最高峰・三冠ヘビー級王座に挑戦する日は意外に早く来た。2月19日の後楽園ホールで宮原を撃破して第69代三冠王者に君臨していた永田に6月17日の大田区総合体育館で挑戦したのである。

デビュー戦で胸を貸してくれた大先輩に9ヵ月後に最高峰の舞台で挑んだ安齊だが、やはり永田の壁は厚かった。ジャンボ鶴田の映像を観て研究したジャンピング・ニー、ジャーマン・スープレックス・ホールド、初公開のムーンサルト・プレスを繰り出したが、永田の必殺技バックドロップ・ホールドに敗れた。

「今まで下からベルトを巻いている宮原さんだったりを見ていて“三冠、カッコイイな!”ってボヤッとしていたものが、三冠までの距離がわかった試合だったと思います。デビュー9ヵ月で三冠を巻くなんて9割9分の人が思っていなかったでしょうけど、僕の中ではいい経験でした」が、三冠初体験の安齊の感想だ。

その2ヵ月後の8月にはプロレスリング・ノアの真夏の最強決定戦『N-1 VICTORY』にエントリー。征矢学にジャーマン・スープレックス・ホールドで勝っただけで潮崎豪、中嶋勝彦、ランス・アノアイ、イホ・デ・ドクトル・ワグナーJr.、サクソン・ハックスリーに敗れている。それがキャリア1年にも満たない新人の現実である。

「あの時はスタッフさんも誰もいなくて独りでしたから、控室でもピリついていましたね。『他団体のよくわからない新人にいいところは取らせない。潰すぞ!』っていうのを感じましたけど、普段、諏訪魔さんとか斉藤ブラザーズとか、石川修司さんとかのデッカイ人の攻撃を耐えまくっていたので、全日本でやっていてよかったなと思いました。

『普段、耐えていることだから他団体に行っても大丈夫だ!』っていう自信はありました。でもファンの人たちには思ったよりも『安齊!』って応援していただいて。NOAHの選手との試合は…全日本の人たちはリズムの違いを感じましたね。それは感覚的なものなんですけど」と、結果以上に自信をつけた武者修行だったようだ。

そうした数々の経験を踏まえて、安齊のターニングポイントになったのは9月8日の国立代々木競技場・第二体育館における宮原との初一騎打ち。宮原のデビュー15周年記念試合の相手に指名された安齊は、勝手に自らのデビュー1周年記念試合だとして挑んだ。結果はシャットダウン・スープレックス・ホールドに敗れたが「いつか必ず追いついてみせる」と宣言。共闘を呼び掛けてきた本田竜輝に応え、新時代を目指すNew Periodを結成した。

「代々木でちゃんと僕だけを見て戦ってくれた宮原さんに負けて、団体のエースとの差が明確になりましたよね。あの試合の直前の王道トーナメントで本田が宮原健斗、青柳優馬、諏訪魔さんに勝っていたので、本田の誘いを断る理由はないなと。

本田も、ただ上の人に付いていくんじゃなくて、自分の力で自分を表現したいというのがあったんだと思いますし、自分のためにも…永田さんが毎回来てくれるわけでもないですし、僕はタッグパートナーがいなかったので、タッグパートナーがいれば幅が広がるなと思ったのもひとつですし、それだけ勢いのある選手が横にいれば、切磋琢磨できますから」

それまでメインイベンターの先輩たちと組んでいた安齊にとって、同世代の本田とのコンビはどうだったのだろうか?

「本田には失礼な言い方になりますけど、永田さんと組んでいた方が安心感あるんです。何かあった時には大先輩が控えているっていうのがあるんですけど『こういうことがしたいんですけど…』とかっていうのは言えないじゃないですか。

でも、それが本田だと『こんなことやってみない?』って提案できるやりやすさを感じますね。あと、全日本の中では僕が一番の新人なので“さん付け”じゃないのは本田だけなんです(笑)。高校からの顔見知りで同学年ですけど、向こうの方がプロでは先輩なんで、最初は『本田さん』って呼んでいたんですけど『パートナーなんだからタメ口で、呼び捨てでいいよ』って言われたので、それからは『本田』です(笑)」

▲同世代のパートナー・本田竜輝との関係性について笑顔で語った

同世代のパートナーを得た安齊は“スーパールーキー”から“時代の変革者”となり、年が明けた2024年3月30日、大田区総合体育館で大勝負に挑む。そう、外敵・三冠ヘビー級王者の中嶋勝彦との闘いである。