社会の闇と呼ばれるアンダーグラウンドを25年以上も取材し続けてきた作家・村田らむ。しかし、彼が最も恐怖を感じたのは、人の狂気が露わになる瞬間だった…。人の内側に潜む醜い本性を描く、思わず背筋が凍る人怖体験談をお届けする。

※本記事は、村田らむ:著『人怖3 人を狂気で染める日常の狂乱』(竹書房:刊)より一部を抜粋編集したものです。

取材に訪れた廃炭鉱にて

「廃鉱山を取材しましょう」

いきなり編集者が言い出した。俺はそもそも自動車すら持っていない人間で、廃鉱山なんてどう取材していいかも分からない。戸惑う俺の顔を見た編集は、

「詳しい人がいるので、その人について行けば大丈夫です!!」

とやけに自信ありげな顔で言う。嫌な予感しかしない。

都内でその人物と合流した。想像に反し、ニコニコと笑顔が優しい好青年だった。彼の車で都内からだいぶ離れた鉱山に向かう。彼は元自衛隊員で、現在はサラリーマンをしながら、週末は足繁く探検スポットを回っているという。

どんどん山奥に進んでいく。特に何もない道路に自動車を止めた。

「ここから行きましょう!!」

そう言うと自動車を降りた。

 

「どこに向かうんだ?」

そう思っていると、その道路の下へと降りられるようになっていた。そしてそこには、ドアがあった。普通に走っていては絶対に気づけない。

「廃墟の古民家を捜索していたら、たまたま鉱山関係者の家で。そこで地図を見つけたんです。地図にはここの入り口が書いてあったから」

悪びれずに言う。どうかしている。

ドアは南京錠で閉じられていたが、彼は慣れた手つきで、ハンマーで錠をカンカンと叩き出した。

「このタイプはハンマーで叩くと開くんですよ」

パチン! という音がして南京錠は開いた。そのまま扉を開くとスタスタと坑道内に入っていく。

 

俺も続いておっかなビックリ中に入ると、酷く体に悪そうなケミカルな臭いがする。床に溜まっている水は、鉄が溶け込んでいるのか真っ赤だ。天井にはいくつも鍾乳洞ができている。

 

鉱山が運用されていたときに走っていたであろうトロッコの線路はグズグズに腐っていた。トロッコ自体もサビの塊になっている。ダイナマイトが入っていた木箱も落ちている。言いしれない恐怖が全身を襲い、心臓がバクバクと鳴る。

 

「気をつけてください。めちゃくちゃ深い穴がそこら中にあるので」

見てみると、柵もなく穴が開いていた。石を落としてみると、カンカンカンと何度も壁に当たる音がしたあとに、小さくポチャンという音が聞こえた。めちゃくちゃ深い。体中から冷や汗が出る。案内人は、もう腐っているようにしか見えない足場に乗って、穴の底を撮ったりしている。

 

「危険なことをしていると、生きている実感があるんですよ。まあ今日はそこまで危険なところには行きませんけど。ここは大丈夫ですよ」

ニコニコと笑う。俺から見たら十分危険だ。スルンと下に落ちてしまったら助からない。

もし誰かが外で鍵をかけたらもう出られない。どうにも空気が薄い気がする。俺は、子供のように怯えるしかなかった。

ところが、心配するような凶事は起きず、無事外に出ることができた。記事にしたものの、さすがにこれはマズいのではないか? という気がしていた。

後日ネットニュースで知った衝撃の事実

そして2022年。ネットニュースを見ていると、あの廃鉱山の入り口の写真を見つけた。

『廃鉱山のトンネルで男性二人が酸欠で死亡』

大きなニュースになっていた。ネットで知り合った四人グループで探検していたという。そのうち二人が、トンネル内で酸欠になり倒れた。その後、病院に搬送されたが死亡が確認された。

「今日はそこまで危険なところには行きませんけど。ここは大丈夫ですよ」

あのときの、彼の言葉と満面の笑顔を思い出した。

あのとき、空気が薄く感じたのは閉所だったからではなく、本当に空気が薄かったんだ。そう思うと、血の気がサッと引いていく。

“危険なことをしていると、生きている実感がある”

あの男は本当に安全だと思っていたのか、それとも危険だと思いながら嘘をついていたのか……。どちらにしてもその夜は、あの笑顔が脳裏に貼りついて眠れなかった。