タクアン漬け

くさい度数★★★★

タクアンのにおいは凄まじい。昔、学校にもって行く弁当の中にタクアンが2〜3切れ入っていたりすると、通学する汽車やバスの中でも、あの「屁」のようなにおいが周囲にただよって恥ずかしい思いをしたものである。

▲タクアン イメージ:PIXTA

タクアンのくさいにおいの正体は、硫化硫黄化合物軍団〔硫化水素、メルカプタン類、ジスルフィッド類、ジメチルスルフィッドなどの揮発性硫化硫黄〕である。ダイコンはもともと含硫化合物が多く含まれているため、糠漬けにすると、その発酵過程で揮発性硫黄化合物軍団となって飛散するから、あのような強いくさみとなる。

揮発性硫黄化合物軍団は、人間の屁にも高濃度で存在しているものだから、タクアンが屁のようなにおいがするのは当然なのだ。

以前、宮崎県の農村へ行ったとき、何千本、何万本というダイコンが縄で吊るされ、日干しされている光景を目にしたことがある。地元の工場が、タクアン漬けをつくるために干しているとのことだったが、じつに圧巻だった。小さい頃によく見た原風景を思い出し、感激しきりであった。

日干し大根 イメージ:PIXTA

最近のタクアンは「塩押し法」といって、日干しせずにつくるものが主流だが、やはり日干ししたダイコンでつくったタクアンのほうが絶品である。うまみやにおいはもちろんのこと、カリカリコリコリとした特有の歯ごたえがたまらない。

近頃の日本人は咀嚼(そしゃく)力が低下したといわれ ているから、ぜひ干しダイコンのタクアンをもっと復活させて、大いにこれを食べ、顎(あご)の筋肉を鍛えて快活になっていただきたい。

タクアン漬けを使った私のおすすめレシピをひとつ紹介しよう。まず古漬けのタクアンを厚めの輪切りにし、ゆでて塩気を抜く。このとき、古漬け本来の酸味を残すのがコツで、ゆで終わったら鍋にとり、その上にチリメンジャコをまいて濃いめのダシで煮上げ、小皿に盛って七味唐辛子をかける。牧歌的な酒の肴のできあがりである。

浅漬けが純粋無垢の少女だとすると、タクアンの古漬けは味が豊満で、円熟した色香漂う熟女のようなものだ。

自らを“発酵仮面”と称し、世界中の漬物を食べつくしてきた小泉教授に、それぞれの「くささ」の度合いについて星の数で五段階評価してもらった。 発酵食品は宿命的に、くさいにおいを宿しているが、それこそが最大の個性であり魅力なのだ。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。

※本記事は、小泉武夫:著『くさい食べもの大全』(東京堂出版:刊)より、一部を抜粋編集したものです。