なまぐさごうこ

くさい度数★★★★

新潟市の角田浜(かくだはま)と呼ばれる地域には、江戸時代からイワシ醬油を使った「なまぐさごうこ」と呼ばれるタクアン漬けが伝えられている。

2014年の夏にNHK総合テレビで放映された『小泉武夫の発酵漫遊記』で紹介したところ、視聴者から大きな反響があったのでここでも紹介しよう。

角田浜には年数回、イワシが産卵のためにやってくる。イワシが陸に近づいたとき、「よっしゃ、今だ!」とばかりに網を張ると、大量のイワシを一網打尽に捕獲できる。

そのイワシを地元の人たちは生きたまま買ってきて、各家庭で塩漬けにする。その様子は豪快である。大きな樽の中に、ぴちぴち飛び跳ねているイワシを入れ、20%くらいの塩を加えて3年間発酵させるのである。

イワシ イメージ:PIXTA

3年置いておくと、乳酸菌による発酵で生じた乳酸が、イワシの骨のカルシウムとくっついて乳酸カルシウムとなり、イワシは溶けてドロドロとなる。イワシ醬油のできあがりである。

角田浜では、このイワシ醬油を大きな鍋に入れて火にかける。すると、あらあら不思議。約70度の温度に達したところで、イワシ醬油のドロドロ感は完全に失せて、さらさらの液体となる。この汁をタクアン漬けに使うのである。

角田岬灯台 イメージ:PIXTA

すなわち、1週間ほど干してシナシナになったダイコンを桶の中にきれいに並べて漬け込んでいき、最後に上から加熱してさらさらになったイワシ醬油を流し込む。そして、桶に蓋をして重石をのせ、2年くらい置いてから食べるのである。いやはや、タクアンを食べるのに5年の歳月をかけるとは、究極のスローフードである。

5年が過ぎてタクアンを桶から引き出すと、これまた不思議、タクアンのにおいがしない。ほんのりとイワシの発酵したにおいがするばかりである。

では、味はどうなのか。タクアンを薄く切ったものを口に入れてみる。すると、なんとイワシの味がした。タクアンを食べているのに、イワシの味とにおいがするのである。これには本当に驚いた。

これこそ、イワシの魚醬の最大の知恵の食べものだと思う。今後もぜひ伝承していってほしい食べ方である。

自らを“発酵仮面”と称し、世界中の漬物を食べつくしてきた小泉教授に、それぞれの「くささ」の度合いについて星の数で五段階評価してもらった。 発酵食品は宿命的に、くさいにおいを宿しているが、それこそが最大の個性であり魅力なのだ。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。

※本記事は、小泉武夫:著『くさい食べもの大全』(東京堂出版:刊)より、一部を抜粋編集したものです。