世界の国の名前の多くは、「フランス共和国」といったように、固有名詞である地名と「国家体制」の形態を表す言葉からなる。しかし、なかにはスペインのように地名だけというのもあるし、国家体制を表す言葉の用法は複雑でもある。著書が140冊以上ある博覧強記のベストセラー作家・八幡和郎氏によると、現地の呼び方と違うなど日本語訳が大混乱しているという。
※本記事は、八幡和郎:著『365日でわかる世界史』(清談社Publico:刊)より一部を抜粋編集したものです。
現地の呼び方とは違う日本語訳の国名
「国家体制」を表す言葉の代表は、「王国」と「共和国」である。それに加えて、民主主義とかイスラムとか人民とかが付されることも多くある。また、連邦とか連合という言葉も付加されることも多い。
君主制の国の場合、君主の肩書に応じて、「帝国」(エンパイア)、「王国」(キングダム)、「エミレーツ」(首長国)、「公国」(プランシポテ)などが使われる。 リパブリックを共和国と訳したのは、箕作省吾(みつくりしょうご)と大槻磐渓(おおつきばんけい)という仙台藩の学者である。
連邦国家のために使われる国名としては、フェデレーション、ユニオン〔形容詞としてはユナイテッド〕、コモンウェルスなどがよく使われる。フェデレーションが最も一般的で、ロシア連邦共和国などがその一例である。典型的な連邦国家であるドイツもそうだ。
アメリカ合衆国(ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ)というのが誤訳であることはよく知られているが、それなら正しい訳はどうなのだろうか。ユナイテッド・ステーツは 「連合」ないし「連合国」というのが普通だろう。
英国のユナイテッド・キングダムは連合国だし、同系のユニオンを使ったEUは欧州連合と訳される。「コモンウェルス」という言葉も日本では連邦と訳している。よく知られた用法が、オーストラリア連邦と英連邦〔現在では単にコモンウェルス・オブ・ネーションズであるから英連邦という呼び方は誤りであるが〕である。
だが、アメリカの州のうちペンシルベニア、バージニア、マサチューセッツ、ケンタッキーもコモンウェルスを称しているが、こちらは州と訳されている。
もともとコモンウェルスというのは、「共通利益を図るための政治組織」のことであって、共和国などと同じような意味だった。たとえば、清教徒革命のあとの英国はコモンウェルス・アンド・フリーステートと名乗った。
誤読に勘違い…国際的に通じない国の名前
国名に限らないが、日本語における外国の固有名詞の表記の仕方は実に気ままなものだ。 現地語も英語もあるし、まったくの誤読も多い。イギリスとかギリシャはなんとポルトガル語由来だし、アルゼンチンなどは、英語の形容詞の誤読という、おそらく勘違いからきた名前だ。
世界の国のなかには、国内的に使用されている正式の国名とは別の名前を対外的には通 用させている場合もある。典型は中国で、英語の国名はチャイナとみずからしている。
インドは「バーラト」、エジプトは「ミスル」が現地での正式の国名だ。フィンランド(スオミ)、ジョージア(サカカルベロ)、ハンガリー(マジャロルサーグ)、コリア(韓国、朝鮮)など結構多いのだ。ただし、ジャパンは日本が訛っただけだから、少し事情が違うの で、外国人が勝手につけた名前だとかいって怒るのは筋違いだ。
意外なのはギリシャがグレイシア、イギリスがイングレスというポルトガル語に基づい ていることだ。現地ではギリシャがエラース、イギリスはイングランドだ。イギリスの漢字表記である英吉利を略して英国と書くこともあるが、いずれにしてもイングランドから来ており、スコットランドなど含めた場合はブリテンでないとおかしい。
ベルギーは現地ではベルジーク(フランス語)かベルビエ(オランダ語)であるし、英語ではベルジャンだ。アルゼンチンはアルヘンティーナで英語はアルジェンティーナ。英語の形容詞の誤読だ。「ベルギー」や「アルゼンチン」は誤読で世界中どこにもそんな呼びはない。
現地語より英語読みなどのほうが国際的に通用しやすいので、多くの国がそれに従っていることはよくあるが、スペイン(エスパーニャ)やメキシコ(メヒコ)のような大国で、そ の言語も世界の主要言語のひとつであるような場合には現地語読みしないと失礼だと私は思う。
オーストリアもドイツ語でエスターライヒといったほうがオーストラリアと混同しないでいいだろう。オランダは日本のことをヤマトというようなもので、国家創設発祥の地の名前だ。国名としてはデーデルランドというべきだが、鎖国時代以来の伝統なのでよいとすべきだろうか。ドイツはオランダ語から来たようで、本来はドイチュランドだ。