死ぬくらいなら、一緒にデモを続けよう

香港の反送中デモが、平和デモから勇武派によるレジスタンスに変化していく背景に、抗議の自殺が連鎖した問題もあったのではないでしょうか。

7月3日早朝、私は非常に印象深い体験をしました。3日の午前5時ごろに香港の空港に到着したのですが、スマートフォンに電源を入れると、メッセージが入っていました。香港の友人であるフランキーからで「今から皆で金鐘に行きます。仲間が金鐘で自殺すると予告したので、彼を止めに行きます」という内容でした。

香港デモ参加者の青年JJが「抗議の自殺予告」をSNSでしたのです。このSNSを見た香港の若者の多くが、JJの自殺を止めようと、金鐘に集まっているというのです。

私も、空港から金鐘に直行することにしました。

友人たちは「死ぬくらいなら、一緒にデモを続けよう、戦おう」と声を掛けたい、と必死でした。金鐘に着いたのはちょうど通勤時間帯。陸橋を通勤する人たちが足早に歩いていました。

そんな通勤中の少なからぬ人たちが紙切れを持っていました。「あなたが必要よ、JJ」などと書いてあります。SNSを見た人たちが、どこかにいるかもしれないJJに書いたメッセージを掲げながら通勤していたのです。スマートフォンを見ながら、周りをきょろきょろと見回す、人探し顔の若者もたくさんいました。仕事があって通勤している人も、仕事が休みの人や学生たちも、JJの自殺を止めようとしていたのです。

香港の反送中デモは、リーダーや呼び掛け人がいなくても、SNSを通じて自然に集まり、形成されるのだと言われていましたが、JJの自殺予告の投稿ひとつで、あっという間に大勢の人たちが金鐘に集まり、それぞれが思い思いの方法で、顔も知らないJJの自殺を食い止めようとしているさまを見て、これが香港人の共感力であり、大規模デモの底力なのかと、改めて感じ入りました。

JJを探し回っているとき、陸橋の上で、若い女性が衝動的に自殺しようとしていたのを、通行人たちみんなが必至で取り押さえている現場に遭遇しました。「香港では、今、若者の抗議の自殺の連鎖が起きているんです。6月15日以降、僕が知っているだけでも、3人も自殺しているんです」とフランキーが言いました。

おりしも、そこへ親中派デモ隊がやってきました。彼らは「立法会占拠に市民が怒っている」と書かれた垂れ幕を持って、その自殺すると泣いている女性と、彼女を賢明になだめている人たちに向かって罵声を浴びせ始めました。親中派の中年男性が「さっさと死ね!」というようなことを言いました。

そのときです。まるで映画のワンシーンのように、それまでせかせかと陸橋の上を歩いていた通勤者や通行人、その場に居合わせた人たちが全員立ち止まり、女性の方に向かって「香港加油!(がんばれ)」と叫びだしました。

「香港加油!」「香港加油!」。

さっきまで自殺しようとしていた女性も、泣きながら「香港加油!」と叫び出し、しばらく「香港加油!」のシュプレヒコールがこだましました。叫んでいるうちに彼女は、憑きものが落ちたように冷静になり、周りの人たちに「みんなでデモしよう! 明日もデモしよう!」と声を掛けられ「またデモに参加するわ!」と生きる勇気を取り戻したようでした。

このとき私は、今の絶望的な気分の香港でデモに参加することは、若者たちに生きる希望を与えているのだと気づいたのです。

香港のデモのことをよく分かっていない人たちは、過激になっていくデモに対して「落ち着いて話し合うことが必要」などと言いますが、話し合いができないからデモをやるのです。死にたくなるほど追い詰められているから、激しく抵抗するのです。平和デモが正しくて、勇武派デモは暴力だ、というのではなく、デモはもともと暴力的なものです。

民主主義が、まだまだ未完成な社会なので、民主主義を実現する方法として、市民が数の力で自分たちの要求を通していく、それがデモです。権力に対抗する、市民の数の力のぶつかり合いなのですから、多かれ少なかれ暴力的な要素はあるのです。皆が平和デモと呼んでいる行為でも、長時間の交通マヒを起こし、正常な日常を破壊するという意味では暴力かもしれません。

そのデモの暴力がエスカレートしていくと、時に流血の革命になるわけです。自殺しようとするほどまでに追い詰められた若者たちが、生きるためにデモを続けていけば、それは自然と命がけの激しいものになっていくでしょう。暴力が嫌いな普通の香港市民も、その若者たちの切実な思いを理解しているからこそ、デモによって自分たちの生活が“破壊”される現状にも、一定の理解を示しているのではないでしょうか。

▲救急車に道を譲る香港市民(金鐘道) 出典:ウィキメディア・コモンズ

JJのことを、SNSを見ただけの香港市民が、みんなで力を合わせて探し回っているときに、私はそういう香港デモの本質のようなものが分かった気がしました。

結果から言えば、JJは発見され、民主派の議員はじめ、いろんな人たちからの説得を受けて自殺を思い止まりました。そして彼は「明日からデモで戦い続ける」と宣言したのでした。

※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。