習近平政権の香港デモへの対応は、わりと抑制的でした。福島香織氏が共産党中央の事情通に聞いた話では、この香港の6月9日の「反送中デモ」は、習近平がまったく予想もしていなかった出来事だったようです。そしてデモが勢いづいていることに危機感を覚えた党内では、解放軍出動の選択肢も含める意見が出てきたといいます。
6月9日の「反送中デモ」は予想外だった
解放軍香港駐留部隊のSNS微博オフィシャルアカウントは、2019年7月31日、暴徒を鎮圧する演習の様子を「香江(香港の旧名)を守る」とのタイトルをつけてアップしました。
装甲車や高圧放水、催涙弾で逃げ惑うデモ隊役の兵士を鎮圧する訓練の様子を見せつけたのです。中国国防部は24日の記者会見で、駐軍法に基づいて解放軍が香港の治安回復のために出動する可能性をアナウンスしました。
また、国務院香港マカオ事務弁公室の楊光報道官は、8月12日「香港の過激化するデモが、さまざまな危険な道具を使って警官を攻撃しており、“テロリズム”の萌芽が現れ始めている」と、初めて“テロ”という言葉を使用。デモ隊について“心神喪失の狂気”と表現し、この種の暴力を鎮圧するためには「手加減や情けは無用だ」と激しい警告を発しました。
8月7日には国務院香港マカオ事務弁公室が、香港の政財界関係者500人を集めた会議を開催し、香港への対応についての方針を説明したとみられます。このとき冒頭で、弁公室主任の張暁明(ちょうぎょうめい)が、香港のデモを「カラー革命」にたとえ「中央は、十分な方法と十分強大なパワーもって、出現しうる各種動乱を平定するだろう」と恫喝しました。
また、会議では張暁明が「鄧小平が今の香港で起きている動乱を見たら、きっと北京が干渉する判断を下すだろう」と語っていたと、会議参加者が伝えていました。これは天安門事件における戒厳令発令と、武力鎮圧を成功体験としている習近平政権が、香港で同様の動乱が出現すれば、再び同じ判断を取りうるということを、香港関係者に説明したということでしょう。
2019年6月9日の103万人デモは、米国民主党議員のナンシー・ペロシに「美しいデモ」と言わしめるほどの整然とした政治運動でしたが、その後2カ月の間に、警察の暴力に対抗する形で、ゼネラルストライキや交通機関の妨害、警察施設の襲撃といったデモ側の“暴力性”が増していきました。
そのため、中国に解放軍・武装警察出動という、大暴力行使の口実を与えかねない状況になったと、国際社会も固唾を飲んで見守り始めました。
6月から7月、習近平政権の香港デモへの対応は、わりと抑制的でした。私が共産党中央の事情通に聞いた話では、この香港の6月9日の「反送中デモ」は、習近平がまったく予想もしていなかった出来事だったようです。
この事情通は、香港デモは「習近平にとっては、もらい事故だ」と評していました。中国にとって逃亡犯条例改正など、実はさほど必要としていなかったのです。香港側からの提案を中聯弁から受けて、それを容認しただけだったようです。
むしろ習近平は、6月4日の天安門事件30周年の香港における追悼集会の方を警戒しており、そのための警備強化を指示していました。その4日の天安門事件30周年記念日は、さほど盛り上がらず習近平はホッとして、ロシア・中央アジアの外遊に出たのでした。