習近平が長老たちに責められた?

このとき、鄧小平を支えて改革開放路線を推進してきた長老たち、田紀雲(でんきうん)や胡啓立(こけいりつ)が涙を流して「鄧小平の改革開放の輝かしい成果である香港を損なった」と習近平を責めたとか、胡錦涛は現役指導部たちに対して「絶対に香港に“むごい役割”をさせるな」と発言したとか。

温家宝は「私は言うべきことを言った。あとはどうなってもあなたが責任を取ってください」と捨て台詞を吐いたとか。韓正は戒厳令や解放軍出動を主張したとか。そういう内幕の噂が漏れ伝えられていました。

蘋果(ひんか)日報(8月12日)によれば、習近平は最終的に香港デモについて「部隊を動かす必要はないが、厳格な刑罰と峻厳な法令によって、できるだけ早く乱を平定し、寸土も譲らずに」と指示したということでした。

つまり軍は動かさない、現行の香港の法律枠内で、中聯弁がコントロールした香港警察部隊によって、できるだけ多くを逮捕し、暴動罪という重い判決でもって処罰する、という方針のようです。また、香港デモが要求する五大訴求については一切譲歩しないということでした。

習近平が「部隊を動かさない」と決めたのは、軍を出動させると香港金融が動揺し、中国経済に直接的な影響があると考えたため、と解説されていました。

それでも習近平が「乱を平定」という言葉を使い、8月17日に深圳で武装警察11個師団1万兵士が集結し、高圧放水車や警棒、催涙弾に警察犬を使ったデモ制圧演習を行ったのは事実で、解放軍東部戦区陸軍の微信公式アカウント〈人民前線〉が「香港のデモ現場まで10分で到着する」と、あからさまな恫喝をしていました。

スタジアムに待機している11個師団の軍隊を上空から撮った写真を見せつけられれば、何かの拍子で偶発的に衝突が発生したり、あるいは情報伝達の食い違いで軍が動いたりするんじゃないか、と想像してしまい、かなり恐ろしいものがあります。

ニューヨーク在住の政治評論家の陳破空(ちんはくう)は、体制内知識人からの情報として「中共ハイレベル政治は、長老勢と習近平・王滬寧(おうこねい)ペアの間での対立が大きく、長老勢はおおむね香港の武力鎮圧には反対、習近平の香港への対応方針(警察を使っての徹底鎮圧)についても賛成しなかったが、習近平の決定を覆すことはできなかった」と解説していました。

▲陳破空 出典:ウィキメディア・コモンズ

ネット上には北戴河会議で、ある長老が習近平に対してかなり厳しい10の質問をした、という“噂”が流れていました。匿名の情報提供者が「来年、我々はまた北戴河で相まみえることができるか」と題した公開書簡の形で、これをまとめていましたが、まさしく国際社会も疑問に思って知りたいという質問であったので、ここで紹介しておきましょう。

  1. 香港問題は最終的にどういう決着をつけるのか?
  2. 中国経済はこのまま下降していくのか。中国共産党は来年もあるのか?
  3. 高圧的な統治のやり方で、中国社会を中国共産党は来年も支えることができるのか?
  4. 米中関係がこのままで、中国共産党は来年まで乗り切れるのか?
  5. もし、新疆やチベットの少数民族の人民が、突然全員でデモを起こしたら、中共は再度鎮圧できるのか? どのように解決するつもりか? 全員捕まえるつもりか?
  6. 中国共産党内部の人々は、誰もが自分の身の危険を感じている。党内でネガティブな意見を引き起こし、海外勢力の影響も受けたとき、中国でもし内部性の動乱や暴乱が起きたらどのように解決するのか?
  7. 中国共産党は、このままインターネットやソーシャルメディアをコントロールできるのか?
  8. もし中国の財政赤字と外債がダブルで弾けたら、どういう結果になるのか?
  9. もし米国をリーダーとした西側社会が、中国に対して海外に所有する国家資産を違法資産と見なして封鎖したら、どう対応するのか?
  10. 中国共産党の現在の国家安全委員会制度が、実質的に政治局や政治局常務委員を排除するものだとしたら、このモデル(集団指導体制)は継続していくのか?

この10大疑問は、共産党内で習近平指導部のやり方に疑問や不安を持っている人が多い、ということの現れだとみられています。

※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。