7月3日から5日まで香港を歩き回り、おおよそのデモの状況や背景を、把握していった福島香織氏。そこで感じたのは、庶民から慕われていたはずの香港警察が、まるでマフィアのような暴力組織となっていたこと。そして、それに呼応するかのようにデモ隊の一部も、過激な行動をとるようになっていったのです。

マフィアの暴力を黙認する香港警察

今回のデモは、SNSによるネットワークを核としていて、あえてリーダーをつくらないことで長期的に続けるつもりであり、勇武派の人たちも含めてデモ参加者の自覚が高く、自分たちの行動を比較的によくコントロールできていて、決して林鄭月娥が言うように暴徒化しているというようなものではない、というふうに私自身は感じました。

むしろ警察の暴力が常軌を逸していました。6月12日も、警察が予告なくデモ隊に向けて催涙弾を打ち込み、しかも、人に当たるように平行に撃ち込んでいました。鎮圧兵器を警察が使用するとき、ブルーフラッグ(即刻解散せよ)、ブラックフラッグ(武器を使用する)、オレンジフラッグ(すぐさま立ち去らねば発砲する)、レッドフラッグ(衝突をやめねば武器を使用する)など、警告バナーを出すルールになっています。

ですが、この12日の警察は、このようなバナーを出さずに発砲し、多数の負傷者を出しました。さらに、その他の場面でも、警察の過剰な暴力が目立ちました。抵抗の意志を持たず、武器を持っていない若者に対してまで、執拗に殴る蹴るの暴行をして、地面に顔を押し付けて拘束する場面を何度も見かけました。

あのジャッキー・チェンの映画『ポリス・ストーリー』で描かれたような香港警察、庶民から「阿Sir」と呼ばれる紳士的な警官の面影は完全に消え、まるでマフィアか中国公安のような暴力組織に成り下がっていたのでした。

その象徴的な事件が7月21日の「白シャツ襲撃事件」といえるでしょう。

7月21日に発生したことを時系列で見ていきましょう。

まず昼間に、民陣(民間人権陣線)呼び掛けの平和デモが行われました。これは主催者発表で43万人が参加(警察発表は13万8000人)。香港の人気歌手で、国連人権理事会で「国連は、どうして中国を人権理事会から外さないのか」と、国連の姿勢批判も含めて中国の人権問題を告発したデニス・ホーら著名人も参加しました。

▲デニス・ホー 出典:ウィキメディア・コモンズ

平和デモは、午後3時すぎにビクトリアパークを出発し、湾仔(ワンチャイ)が終点地の予定でしたが、デモ隊の一部(主に勇武派)は、そのまま上環(ションワン)まで進み、中国中央政府の香港における出先機関である中聯弁〔中央政府駐香港連絡弁公室〕を取り囲みました。平和デモの主催者である民陣サイドは、中聯弁まで行く予定はなかったそうです。

午後8時前、中聯弁を取り囲んだ1000人前後の群衆の代表が、中国語と英語でデモ隊が要求する「五大訴求」を読み上げ「あらゆる方法で香港を守護する」と宣言。その後、彼らは中聯弁の正門に向かって、卵を投げつけたり、監視カメラにスプレーペンキを吹き付けたり、中華人民共和国の国章に墨汁を投げかけるなどの暴行を開始しました。

香港警察は8時7分に、中聯弁前の群衆を強制排除することを通告し、午後10時10分、ブラックフラッグ(武器使用の合図)を出したのち、陸橋の上から催涙弾やゴム弾を群衆に打ち込みました。およそ36発のゴム弾を撃ちこみ、22日午前2時48分までにデモ隊の強制排除を完了、警戒線を解きました。

この中聯弁襲撃は、香港人の敵意がまっすぐ中国政府に向いたという意味で衝撃的でした。ですが、ほぼ同じ時刻に、それより恐ろしいことが、深圳と香港の境界に近い新界地域の元朗(げんろう)で起きていたのです。

地下鉄・元朗駅で起きた無差別暴行事件

7月21日午後8時半ごろ、元朗に白いシャツを着て右手首に赤いリボンを結んだ、いかにも“その筋の人間”らしい強面の男たちが続々と集まってきました。人数は確認できませんが、目撃者があげた写真をみれば、100~200人ぐらいいたようです。

このとき、親中派立法会議員の何君堯(ユニウス・ホー)が、この白シャツの男たちと握手をして「あんたは俺たちの英雄だ」といった言葉を掛けられている様子が、通行人に目撃されており、市民は警察に通報していました。

▲何君堯 出典:ウィキメディア・コモンズ

ですが警察は何もせず、やがて午後10時57分、白シャツの男たちは武器である“こん棒”を手に持ち、地下鉄の元朗駅に集結、そこから構内に突入し、黒い服を着ている乗客を無差別に殴り始めました。

黒い服を狙うということは、昼間のデモ参加者を狙ったものと考えられます。ですが実際、デモ参加者でない人も黒い服を着ている場合もあり、負傷者のなかには黒服でない人もいました。つまり完全な無差別攻撃だったのです。市民はこのとき、再び警察に通報、2人の警官が現場に来ましたが、白シャツ男の何人かと話しこんだあと、帰ってしまいました。

元朗駅構内では、数十名の負傷者が倒れ、いたるところに血痕が飛び散っている様子の写真や動画が、ネットに上げられていました。妊娠女性が倒れている様子、その場に居合わせた立場新聞(Stand News)の女性記者が襲われている様子が、記者自身の撮影カメラにとらえられていました。

彼女自身も暴徒に殴られ、悲鳴を上げていました。立場新聞の報道によれば、妊娠中の女性は病院に搬送され、適切な措置を受けて母子ともに命に別状はないとのこと。ですが一人の男性は、一時意識不明の重体に陥りました。

午後11時11分に港鉄は、西鉄線の列車を元朗駅に停車させない措置をとりました。午後11時26分になって、ようやく警察が到着しましたが、そのときには白シャツ軍団の嵐のような1回目の攻撃は終わっていました。

22日午前零時17分、白シャツ軍団は再び駅に突入、列車内に乗り込み、逃げ場のない状況の乗客を無差別に殴り始めました。乗客のなかには傘で応戦する者もおり、大混乱となりました。このとき駅構内に警官、警備員はいませんでした。

最終的に警察の防暴部隊が到着し、白シャツ軍団たちが防暴隊に保護されるような恰好で、現場から去ったのは午前2時を回ってからでした。