トランプ大統領の打ち出す対イラン政策は、合理的とは言い難い。しかし、アメリカ国内に目を向けると、これらはすべて“合理的”なのである。国際政治学者で中東情勢解説の第一人者である高橋和夫氏によると、トランプは2020年の大統領選を見据えていたのだという。
※本記事は、2019年9月に刊行された高橋和夫:著『イランvsトランプ』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
国内支持層にアピールするための敵意
トランプ政権の中東外交に外交的な合理性を見つけるのは難しい。しかし、アメリカの国内政治という視点から見ると、トランプの中東外交は極めて合理的である。
第一にエネルギー政策。エネルギー政策自体はアメリカの国内政策であるが、それが中東政策に大きな影響を与えている。第二にイスラム諸国7カ国からの入国を禁止した大統領令。
そして第三に、エルサレムをイスラエルの首都と認定するという決断。この三つの政策のいずれもがトランプの国内支持基盤に対する強いアピールである。
こうした内政的な合理性に基づく方針が、どのような政策を生み出すのだろうか。代表的なものが、イランに対する敵対的な政策である。まずは2015年にオバマ政権がイランと結んだ核合意が、その敵意の対象になった。
この合意こそが、オバマ大統領の2期8年の任期中の最大の外交的成果とされている。一方でアメリカなど6カ国がイランに対する経済制裁を解除し、他方でイランは核開発に関する大幅な制限を受け入れるというのが、合意の骨子である。2015年7月に成立している。
すべては31%の票を集めるための合理性
この合意を受けて、戦争が避けられたとの安堵の声が上がった。というのは、オバマ政権はイランの核兵器保有を阻止するために、軍事力の行使をも示唆していたからだ。
この合意を、そして、この合意に象徴されるオバマ政権のイランとの対話路線を、トランプは引き継ぐ意志はなかった。トランプは大統領選挙において、この核合意を「史上最悪のディール(取り引き)」であると批判した。2017年5月にトランプは、大統領としての最初の外国訪問にサウジアラビアを選んだ。イランと敵対することの多い国である。そして、そこでイランを批判した。
2018年5月、ついにトランプ大統領はイランとの核合意から離脱した。核合意に対する姿勢は、アメリカの国内政治的には合理的である。というのは支持基盤である福音派キリスト教徒の多くが、イスラエルを熱烈に支持しているからだ。そして、そのイスラエルのネタニヤフ首相が、イランは脅威であるとの認識を持っているからだ。ネタニヤフ首相は、2015年の核合意に反対してきたし、現在もイランを厳しく批判している。
つまり、イランに強硬な姿勢を取れば、イスラエルの意向に沿う。そしてイスラエル支持者を喜ばせる。
外交的な合理性から採用されているわけではない。2016年の大統領選挙でトランプに投票し、2020年の選挙にも投票してくれそうな層の支持を固めるための政策である。
アメリカの大統領選挙での投票率は、およそ5割から6割の間である。投票率を高めに見積もっても、その半分以上の票を取れば当選できる。つまり31%の支持を固めれば良いのである。
トランプは、その31%に照準を合わせて、政策を打ち出している。かつてビル・クリントンが1992年の大統領選挙の際に使った言葉を借りれば「レーザー光線」のように、一直線に支持者の利益を代表しているわけだ。
外交的には非合理的であろうとも、これほど合理的な国内政策はない。トランプの中東外交を“合理的”と呼ぶゆえんである。