投票日から5日目にして、ようやくバイデン氏の「当選確実」が報じられたアメリカ大統領選挙。バイデン氏は「オバマ政権第三期」になるとも言われているが、国際政治学者である高橋和夫氏によると、外交政策においてはオバマ前大統領と大きく変わると予想される点があるという。
※本記事は、高橋和夫:著『最終決戦 トランプvs民主党』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
バイデンはサウジ支援に消極的な2つの理由
イランやイスラエルへの向き合い方については、基本的にはオバマ政権期の踏襲であるが、違いの予想される点もある。それは、サウジアラビアに対する政策である。
オバマは、それまでの政権と同様にサウジアラビアに多額の兵器を売却した。そして2015年に、サウジアラビアがイエメンに対する軍事介入を開始すると、その作戦を補給面で支援した。
アメリカの支援なしには、サウジアラビアの空軍はイエメンに対する爆撃を続けられない。なぜなら、兵器や弾薬がアメリカ製であるところから始まり、兵器の補修や爆撃機に対する空中給油のサービスまで、アメリカにおんぶにだっこに肩車に乳母車状態で、サウジアラビアはイエメン介入を続けているからだ。
その親サウジアラビア政策を踏襲して、極端にしたのがトランプである。オバマとトランプの両者に大きな違いはない。
ところがバイデンは、サウジアラビアに批判的である。サウジアラビアの戦争への支援の停止を求めている。また兵器の売却に関しても消極的である。オバマとバイデンの対サウジアラビア政策の違いの背景には何があるのだろうか。
キーワードは「カショギ」と「イエメン」である。
まずカショギである。2018年にイスタンブールのサウジアラビア総領事館を訪れた、同国市民のジャーナリストのジャマル・カショギが、同領事館内で殺害されるという事件があった。遺体は切断されて「処分」されたとのショッキングな報道が流れた。
当時、カショギはアメリカに住んでおり、サウジアラビアの体制に批判的な記事を、アメリカの代表的な新聞『ワシントン・ポスト』などに寄稿していた。そのジャーナリストをサウジアラビア当局が残忍な形で殺害した。トランプ大統領だけが、誰の犯行かは明白ではないと言い張っている。
しかし世界の大半は、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の命令で、サウジアラビアの諜報当局が殺害したと信じている。
このジャーナリストの殺害に対する怒りは、バイデンひとりにとどまらない。民主党の議員ばかりでなく、事件の余りの猟奇性に、普段はトランプ支持の共和党の議員も、サウジアラビア批判の声を上げた。
トランプが無視してきたイエメンの惨状
そしてイエメンである。イエメンはアラビア半島の南端に位置している。人口は3000万弱、広さは日本の1倍半くらいの山がちの国である。アラブ世界では、最も貧しい国に数えられている。
5年前の2015年3月に、サウジアラビアはアラブ首長国連邦などと共に、イエメンの内戦に軍事介入を開始した。
この戦争は、現在進行中の数ある地域紛争の中でも特に重要である。なぜなら、まず世界で最悪ともされる人道的な悲劇が起こっているからである。
国連の報告によれば、国民の3人に1人が飢えている。しかも300万人が難民化している。そのうえ、コレラが広がっている。さらに悪いことには、サウジアラビアなどの爆撃によって、病院など医療施設の多くが破壊された。戦闘・飢餓・難民化・医療体制の破壊などによって、既に万単位の死者が出ている。
そして今、イエメンでの新型コロナウイルスの感染が懸念されている。感染が広がれば、崩壊状態の医療体制では手の施しようがないだろう。状況は、地獄絵の一歩手前まで来ている。
イエメンの惨状への認識が広まるにつれて、アメリカのサウジアラビア支援に対する批判の声が高まっている。
2019年5月には、上院でアメリカのイエメン戦争への関与の停止を求める決議が成立している。上院では共和党が多数を占めているので、共和党の支持抜きでは成立できない決議が通った。いかにサウジアラビアのイエメン介入への批判が、広がっているかが分かる。
しかしこの決議は、トランプ大統領の拒否権行使によって葬られた。バイデンのサウジアラビアに対する批判的な姿勢は、党派を超えたコンセンサスを反映している。こうした違いを見ると、バイデンの中東政策はオバマ第三期というよりは、オバマ・プラスとでも表現した方が良さそうである。