妻の献身。『THE MANZAI』の決勝に残ったが・・・
ところが、夫の引退を告げられた妻のリアクションは想定外だった。一瞬ニヤリと笑い、口でドラムロールを奏でながら「ジャン!」と言って、1冊の通帳を取り出したのだ。
「私の貯金があるから、今のお仕事を続けてよ」「お願いだから、支えさせてください」。そう告げられた平子さんは「ありがとう」と答えるのが精一杯だった。
妻の献身的なサポートもあり、なんとか解散を免れたアルコ&ピース。やがて彼らに大きなチャンスが回ってきた。『THE MANZAI 2011』の決勝に残ることができたのだ。
若手漫才師の登竜門『M-1グランプリ』が2010年に一旦終了し、その後継レースとしてスタートした大会。優勝すれば、一夜にしてスターダムを駆け上がることができる。
「大きな賞レース前には、芸人の間でも『コイツらは決勝に行きそう』という噂が流れるんですよ。その噂はテレビのスタッフさんたちにも伝わって、番組に呼んでもらえたりするんですよね。そうやって(名前をあげてもらって)ジワジワ仕事が入り始めてきて『いい流れが来てる』『芸人として食べていける』と思っていたんですよね」
しかし、平子さんの期待とは裏腹に、決勝戦で獲得した審査員票は0。結果どころか爪痕も残せず終わってしまった。
「“決勝バブル”があると思っていたんです。ファイナリストってことで大会後も番組に呼ばれるのかなって。でも結局、バブルの恩恵を受けられるのは、優勝者と強烈な印象を残した1組くらい」
期待していた仕事が入らないだけでなく、仕事はむしろ減ってしまった。
「僕らを青田買いしてくれていたオファーが、次々になくなってしまったんです。決勝に残れたことに期待していた分、ショックは大きかった。その落差もあって『もう、本当に無理だなって』と思いました」
追い込まれたのは、メンタル面だけではない。妻の貯金も底をついてしまった。
これがベタなドラマだとすれば、貯金通帳を差し出されたシーンをきっかけに、芸人としての快進撃が始まる……はず。それこそTHE MANZAIで優勝し、一気にスターになるのがベタだろう。しかし、現実はそう甘くない。
「長男も生まれて、旦那として父親として責任を果たさないといけない。それなのに月収はよくて10万円でしたからね。真由美(妻)も、僕を応援したくても、金銭的にはもう支えられないという現実がありました」
いよいよ、あとがなくなってしまった。今度こそ――。2012年に平子さんは、この年かぎりで芸人引退を決意する。