政府運営の追跡アプリでチェックされる生活

2020年のマレーシアで一番聞いた言葉は「MCO」。そして一番目にしたものは、マレーシア政府運営のトレースアプリ「My Sejahtera」の青いマークではないだろうか?

MCOのためクローズしています。MCOのため営業時間を短縮しています。MCOのため収容人数に制限を設けています。などと、あらゆるアナウンスに「MCO」の言葉が入っており、この言葉を聞かない日はなかった。そして町中あらゆるところで、マレーシア政府運営のトレースアプリのマーク「My Sejahtera」を目にした。

▲Traceアプリ「My Sejahtera」をスキャンする場所

ショッピングモールなど商業施設の入口では、入る前にQRをスキャンした後、体温チェックが行われる。

それ以外でも、公共のバス・電車、小さな屋台にレストラン、そしてビルやコンドミニアムと、人々が同じ場所に一時的に集まる場所に入る際には、基本的に全て導入されている。スキャンせずにバスに乗ろうとしていた人が、ドライバーに注意されてバスに乗れなかった、という光景に遭遇したことがある。

新型コロナウイルスにより人々の行動で大きく変わった点は、やはり人の集まりに消極的になった点ではないだろうか? マレーシアは、マレー系・中華系・インド系の3民族がミックスする多文化国家である。

中華系のチャイニーズニューイヤー、ムスリム系のハリラヤ、そしてインド系のデイーパバリ、1年に3つ各民族のお祭りが開催される。MCO中にも、ハリラヤやデイーパバリがあったが、ローカルの友人にお祭りの様子を聞いたが「いつもより控えめで寂しいお祭りだったと」と口を揃えて言っていた。

▲ブルーモスクの外観。 通常であれば観光客で賑わっている

パンデミックのなかで海外に住むということ

その後、MCOは延長に延長を重ね、CMCOと名前を変え、段階的に緩和されてきているが、2020年12月の時点では一部の活動に制限がかかっている。私がコロナ環境のなかで一番大きく感じたことは「海外に住む。国境を越えるとはこういうことである」という現実を、身を持って体感したことだ。

住みたい国ナンバーワンに何年も選ばれているマレーシア。温暖な気候、物価の安さ、理由はさまざまだが、日本から遠すぎず近すぎない、ほどよい距離という理由も入っているはずだ。日本から飛行機で約7時間、JALやANAはもちろん、ローコストキャリアのエアアジアも安価でほぼ毎日運行していた。

私も、もし緊急事態で何かあっても、すぐに帰国できるという距離感が魅力であり、移住決定の理由の1つでもある。

しかし、いざMCOが開始されると、飛行機の便数は大幅に減便され、空港に行くにも警察の許可書がいる。日本に帰国しても、マレーシアに戻り再入国する際は、かなりの手続きや手間がかかる。保持しているビザによって手続きが違うが、再入国する際は、政府指定のホテルに2週間完全隔離という、精神的にも肉体的にも大きな負担を強いられることになる。

現地採用として働いていた友人は、たまたま偶然にも日本に一時帰国中にマレーシアがMCOを開始したため、再入国できていない状況が続いている。「どうか家族に緊急事態が起こって帰国せざるを得ない状況にならないように」と毎日祈っていたのは、海外在住邦人全員に共通することではないだろうか?

今までは飛行機でいつでも帰国できる、という前提があったが、コロナで前提が崩れてしまった。友人と冗談交じりで「このまま飛行機が1便も飛ばなくなったら、どうやって日本に帰るのだろう?」と話したことを覚えているが、話しながら現実になる可能性もゼロではないな、と本気で思ったことがある。

世界で一番信用されているという、日本のパスポートを有効活用し、自由な生き方を求め、ノマドワーカーとして海外を点々としながら生活する人は増えているようだ。私もそれを夢見ている1人である。

一方で、このような世界的なパンデミックが起こった際には、日本での常識や慣習が通用しないということを目の当たりにし、身を持って感じた今「海外に住む。国境を越えるとはこういうことである」と思い知った。

これを書いているのは、2021年まで残すところ3週間となった12月だが、いまだ行動制限が残っている。外出の際のマスク着用、アプリのスキャンは現在も継続中である。今の状況は、終わりの見えない長いトンネルの中にいるようだ。1日も早く、各民族のお祭りを心から楽しめる平穏な日が来ることを切実に願うばかりだ。


りんごちゃん
日本からマレーシア支社に社内転籍で渡馬し、在馬2年目。マレーシアの多様な食文化に惚れこみ、ローカルヌードルを堪能する日々を送る。