欧米のみならず、アジア圏内においても、新型コロナウイルスに対するワクチン接種が遅れている日本。果たしてその大きな原因はどこにあるのか? 元・官僚であり、医師の父を持つ、政治経済評論家の八幡和郎氏が緊急提言。今回のような疫病に対処する場合には、普段より拙速であることを怖れるべきでない。要求される慎重さも“程度の問題”なのである。

日本のワクチン接種が遅れている理由

4月1日発売の『週刊文春』で「日本はなぜ先進国最下位になったか」「菅“ワクチン敗戦”徹底検証」という見出しで、ようやくこの問題を本格的に取り上げた。

私が『アゴラ』などで昨年末以来、書いてきた「ワクチンを何ヶ月も遅らす日本の医療界の利権構造」「東京五輪は選手も観客もワクチン接種者だけで開催してはどうか」「中国製のワクチン導入も選択肢にいれるべき」「医療関係者のお手盛りワクチン優先接種は日本だけ」「ワクチン「上級国民」の出現は絶対に許されない」といった記事の内容の後追いだが、大マスコミがようやくワクチン接種の遅れを糾弾する側にまわったことは結構なことだ。

それはともかくとして、今回はワクチン接種の現状と見通しの現段階を総括しよう。まとまったわかりやすい総括は、3月29日に河野太郎行政改革担当相が、ブルームバーグに対して語った英語でのインタビューだ。外国人に英語で説明すると、日本語で日本人に説明するときのような、くどい言い回しにならないからわかりやすい。

本稿では、そこでの説明をもとに状況を整理する。

それによると、4月12日から高齢者へのワクチン接種が始まることになっており、そのスケジュールで接種が進むだろうが、もっぱら医療関係者優先という世界に類例をみない順序の接種ですら、4月12日でも480万人の四分の一程度しか進んでいない。

河野太郎大臣は「65歳以上の高齢者へのワクチン接種は、4月12日の開始を予定している」ものの「当初の供給量は限定的で、地域によりばらつきがある」「非常にゆっくりとしたペースになるだろう」「都道府県知事からゆっくり進めてほしいとの要望があった。そうすれば接種体制を確認でき、全市町村で準備が整えられるからだ」と語っている。

そして、ファイザーからの供給は、5月に入ればかなり順調に拡大する見通しで、6月中には高齢者への第1回接種はそれなりのパーセンテージになるという見通しらしい。

国内メーカーによる独自の開発が進んでいない

どうしてこんなに遅いのかというと、まず、ワクチン供給の遅れである。

その原因だが、日本のメーカーによる独自の開発が進んでいない。これには、資金力や国際的なネットワーク構築の遅れのほか、日本での承認手続きの厳しさがある。

▲国内メーカーによる独自の開発が進んでいない イメージ:PIXTA

次に、海外のワクチン導入の遅れもひどい。これにも、承認手続きの厳しさもあるし、契約の遅れもあったことは、このシリーズでも書いた通りだ。

国内で薬品の使用を承認するためには、WHOのお墨付きがあればいいというものではない。それぞれの国での承認手続きがある。

どうしてかといえば、誰もが公正だと思える国際機関がないということもあろうが、それぞれの国の製薬会社の利益擁護もある。たとえば、日本独自の承認を止めてアメリカにすべて準拠したら、アメリカのメーカーに有利な許認可がなされる恐れがある。

また、医療体制や医療哲学がそれぞれ違うので、危険性・利便性・経済性のバランスをどう取るか、それぞれの国民が望むところが違う。副作用もどういうものが、どの程度容認されるのかだっていろいろだ。日本では漢方薬については、かなり甘く承認されているが、伝統的に使われてきた薬を否定するのは、どこの国でも好まれないのだ。

さらに、日本人の体と外国人の体は違うという議論がある。かつて、寛政の改革を主導した松平定信は、蘭方医学の導入を邪魔して「日本人とオランダ人の体は違うから、いいとは思えない」と固執したが、その時代となんら発想は違わない。

もちろん、若干のニュアンスの差はあるかもしれないが、そこを強調するなら、アメリカにはアジア系住民は多数いるし、逆に日本にいる白人には欧米の基準で薬の使用を許可すべきだ、ということになるので、これをそもそも金科玉条にするのはおかしい。

そして、日本では国内で面倒な治験が要求され、それを実行するためには、大学医学部などに協力してもらわなければならず、癒着や汚職の原因になってもいるし、ある種のマフィアが形成されている。

そういうわけで、現状において、日本独自の薬品やワクチンの承認システムを全面否認するわけにはいかないが、合理性を欠く慎重さやコストは患者側の利益にならない。とくに、今回のような疫病に対処する場合には、普段より拙速であることを怖れるべきでない。要求される慎重さも“程度の問題”なのである。