「アーカイブ(公文書管理)」という用語を聞いたことがある人は少なくないだろう。本来は極めて中立的で学問でもあるアーカイブは、ミサイルよりも破壊力があり国を守る有益な武器としても働く。この新型コロナ禍から、これまでの重要歴史的シーンを新たな角度で読み解く、憲政史研究家の倉山満氏ならではの新感覚の歴史学。
※本記事は、倉山満:著『救国のアーカイブ』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。
1年前の決定的なきっかけ
2020年初夏に全国規模の緊急事態宣言が、2021年に入ってからは11都府県に対して同宣言が発令されました。2020年4月~6月期の実質GDP速報値(第二次速報)は、前期比較マイナス7.9パーセント、年率換算28.1 パーセントで、戦後最大の落ち込みと報道されました。金額に直すと約60兆円のGDPが失われたことになります。
政府が緊急事態宣言の外出自粛要請によって、経済そのものを止めた結果です。今を生きている日本人なら、誰もが知っている事実です。たった1年前の話ですから。では、何がきっかけでこうした事態になったか、覚えている人は何人いらっしゃるでしょうか。
2020年4月15日、厚生労働省クラスター対策班の西浦博北海道大教授が「人と人との接触を減らすなどの対策を全く取らない場合、国内で約85万人が重篤になり、約42万人が死亡する恐れがある」という試算を発表しました。西浦教授は「人と人の接触が八割減れば15日後に感染者が十分に減少する」といった試算も発表し、後に「八割おじさん」などと呼ばれました。
当時は北海道大教授で、厚生労働省クラスター対策班にいた西浦教授の発表が、すべてのきっかけです。すでに7都府県に出されていた緊急事態宣言を全国に拡大すると政府が発表したのは、この発表の翌日、4月16日のことでした。
発表が記憶に新しい時期であれば、西浦教授の試算と意見が政府の意思決定に関与したことは、議論の余地がない明らかな事実だと誰もが言えるでしょう。今なら、ほとんどの日本人は言われたら思い出すでしょう。
しかし、3年後、5年後、10年後となれば、西浦教授の試算と意見が政府の緊急事態宣言および自粛要請の意思決定に関与して経済を止めることに繋がった、ということは忘れられてしまうでしょう。だから記録に残さなければならないのです。
「西浦教授のニコ動」は意思決定に関与した公文書
約42万人が死亡する恐れがあるという西浦教授の計算式は、その後いろいろな場所で周辺情報が発信されてはいますが、当初は「ニコニコ動画」という動画サイトでのみ見ることができました。
そこで、アーカイブの観点から「ニコニコ動画とは何か?」を考えてみたいと思います。結論から先に言えば、ニコニコ動画は「文書」です。
アーカイブの世界では有名な、文書の定義があります。明治時代の判例です。文書偽造罪に問われた被告人が「灰皿に記号を書いただけで、紙に文字を書いたわけではないから、文書ではない。よって、文書偽造罪に当たらない」と主張し、下級審で勝ちました。しかし大審院、当時の最高裁まで争われ「記号が書かれた灰皿も文書である」との判断が下り、敗訴しました。明治43年9月30日の大審院判決です。
意思が示されているものであれば、紙に書かれたものでなくても、また、文字ではなくても文書であるという判例です。これは、今でも生きています。
したがって、紙以外のモノでも文書として扱われます。だから、ニコニコ動画は動画ですが、文書なのです。
では「西浦教授のニコニコ動画」は、公文書か私文書か。ニコニコ動画は明らかに私文書です。しかし、西浦教授の計算式に基づいて経済が止められたこと、全国規模の緊急事態宣言、外出自粛要請や営業自粛要請となったことは間違いありません。つまり、権力の意思決定に関与した文書です。今の状態では私文書であるので、これをただちに公文書として残すことが重要です。
私文書を公文書にすることは、可能です。
動画の著作権についても、著作権法第四十二条の三(公文書管理法等のための利用)に基づいて、国立公文書館館長は必要なモノを複製したり保存したりできるということになっていますから法律上の問題はありません。「西浦教授のニコニコ動画」は、公開されている私文書ですから、国立公文書館が「これは後世に残すべき歴史的に貴重な記録だ」 と考えてUSBか何かに保存すれば、その時点で公文書になります。
アーカイブ(文書管理)を行う人をアーキビストと言いますが、普通の国のアーキビストなら「西浦教授のニコニコ動画」を国立公文書館に移管するよう働きかけるでしょう。
ここまでの話を聞いて誤解しないでほしいことがあります。私は西浦氏を攻撃したいから、公文書として未来永劫残せと言っているのではありません。さらに言うと、弁護したいからでもありません。もしかしたら、国立公文書館に「西浦教授のニコニコ動画」が残っていた場合、後世の人から西浦教授は批判されるかもしれません。でも、弁護されるかもしれません。そうした評価に立ち入らないのが、アーカイブなのです