2人のロシア元スパイの異なる亡命生活

馬渕 その人はどうしているんですか?

岡部 研究員としてRUSI(英国王立防衛安全保障研究所)にいます。だから、ソールズベリーの事件が起きるまでは、彼とは日常的に接していました。スチャーギン氏は命を狙われなかったようです。

スクリパリ氏は、イングランドの田舎町のソールズベリーで、ひっそりと暮らしながらイギリスのMI6のコントローラーと接触をして、MI6に現状を報告しながら、一方でロンドンのケンジントンにあるロシア大使館にも定期的に通っていたとも言われています。

イギリスの監視下におかれながら二重スパイを続けたこと、そして、そもそもGRUの仲間の正体を暴露したことが「裏切り者は許さない」というプーチンの逆鱗に触れた可能性があります。

だから、見せしめとして「裏切った人間は絶対に許さず。徹底的に追い詰める」という強硬姿勢を示すことで、大統領選前にプーチン政権の求心力向上を狙ったのではないかとも言われています。

岡部 もうひとりのスチャーギン氏は、首都ロンドンのRUSIという世界有数のシンクタンクで、公然とロシア情勢分析を担当していることが公的に明らかになっていましたが、クレムリンに目をつけられるような活動は行っていなかったようです。

表の活動をしていたスチャーギン氏ではなく、影で静かに隠遁生活を送っていたかに見えたスクリパリ氏が狙われたのは、意外な感じがしました。

ソールズベリーは、ロンドンから車で南西に約2時間、人口約4万5000人のイングランドの落ち着いた田舎町です。美しい大聖堂が有名で、1215年のマグナ・カルタが所蔵され、ヨーロッパで最も古い時計も置かれています。北西13キロには摩訶不思議な古代遺跡ストーンヘンジがあります。

▲ソールズベリー大聖堂 マグナ・カルタのある大聖堂 出典:PIXTA

近所の人に、スクリパリ氏について聞いても「穏やかな余生を送り、二重スパイをやっていた人とは思えない」という反応でした。たまにドーセット州のボービントンにある戦車博物館に行って、戦車を見たりして楽しんでいたようで、周囲には余生を過ごしているような、本当に静かな暮らしをしていたように映っていました。

しかし、先ほども申し上げた通り、定期的にロンドンのロシア大使館にも通い、情報を交換・共有する一方で、M16とも接触を続けていたという話もあります。亡命したスパイの悲哀を感じてしまいます。