予約のとれない料理教室を主宰し、テレビや雑誌でいまや引っ張りだこの「弱火シェフ」こと水島弘史シェフ。水島シェフは「野菜炒めも、トンカツも、ハンバーグも、冷たいフライパンから弱火で作ったほうがおいしくなる」という衝撃的な調理法を紹介して大きな話題になりました。

水島氏によると、料理には、美味しくするための科学的根拠や美味しく加熱するための温度があるといいます。しかし、それでは、料理はなぜ美味しかったり不味かったりするのでしょうか。その要因には、調味料の基本中の基本である「塩」が大きく関係していたのです。料理の味つけを左右する「塩」の役割とは、一体何なのでしょう。

※本記事は、水嶋弘史:著『読むだけで腕があがる料理の新法則』(ワニ・プラス:刊)より一部抜粋編集したものです。

塩分は0.8%前後が、生理的に「おいしい」濃度

野菜や果物のように生でそのまま食べてもおいしい、加熱しただけでもおいしい、というものもたくさんありますが、肉や魚などはやはり「味つけ」がどうしても必要になります。味つけが必要ないものの多くは素材に甘みを含むもので、それがない場合はどうしても「塩」がないと、人間は「おいしい」と感じられません。

では、どのくらいの塩なら「おいしい」のでしょうか。答えははっきりしています。

答えは塩分濃度0.8%です。

この前後が、人間の舌が「おいしい」と感じる塩分濃度なのです。

それは人間の体液の濃度に関係があるようです。人間は体重の60%以上が水分で満たされており、そのうちの3分の2は細胞の内部にある水分で、残りの3分の1が、血液やリンパ液など。これらの水分には塩分が含まれていて濃度は約0.85~0.9%です。これとほぼ同じ濃度の食塩水を「生理食塩水」と呼びます。市販されている生理食塩水は0.9%です。

体液と同じ塩分濃度の水分は体内に入っても、浸透圧によって細胞を傷つけることがありません。たとえば真水(生理食塩水より濃度が低い)や、海水(生理食塩水より濃度が高い)が目に入ると、どちらもしみて痛みますが、これは浸透圧の違いによるもので、生理食塩水ならばしみることはありません。

体液とほぼ同じ濃度が「おいしいと感じる塩分」なのです。動物は味つけなしに餌を食べますが、敏感な舌とそれを感じる発達した脳を持つ人間だけが、この濃度に近い塩分を本能的に「一番おいしい」と感じ、それはほとんど世界中の料理に共通しています。

料理の場合の塩加減で考えると、「食べるときの総重量に対して0.8%」を目安にすれば間違いありません。この分量の塩を使って調理すれば、人間の舌は「おいしい」と感じるようになっているということ。

どんな料理をするときにも、まずこれを覚えておいてください。

すべての味つけの基本は「塩」です。どんなに複雑な味わいの調味料をたくさん使う場合でも、「塩」がすべての基礎になっています。

フレンチでも和食でもこれはまったく同じこと。どんなに高級なフランス料理でも味の基本は塩、手間ひまかけたソースはそれに風味をプラスするだけのものです。また、和食の出しも同じです。いまや世界中で「出し」は注目されていますが、それも塩味のベースに、奥深さを与える「プラスアルファ」にすぎません。

どれほど複雑なレシピであっても、その中の塩分だけを取り出して食材にふり、それだけで「おいしい」状態でなければ、ほかの調味料はすべてムダということ。

塩さえあればほかの調味料はいらない、と言っても過言ではありません。ソース、ドレッシング、煮汁に入れる調味料は、すべて塩味の食材をより奥深く、リッチな味わいにするためのものです。

だからこそ、食材の味や風味に自信がある店は、「この肉は塩だけで食べてください」とすすめ、魚の刺し身や天ぷらも、あえて「塩で」とすすめることもあります。

肉を焼いて食べる場合、ソテーでもローストでも、僕の料理教室ではまず「塩だけで食べる場合」の焼き方を基本にお教えし、その上で、好みでコショウや山椒、七味をふる、あるいはシンプルなソースを少量使うようにしています。

実はこれはパスタについてもまったく同じです。まず適切な濃度の塩水でゆでたパスタは、ゆで上がった段階でつまんで食べてみて、「すでにおいしい」状態になっていなければなりません。塩味がついたパスタに、好みのソースをかけて食べる、というのが正しいパスタであるべきです。パスタのゆで汁に塩を入れる理由は味つけ以外にもありますが、これはあとでご説明しましょう。

▲塩だけでおいしい料理を作れるのが当たり前 イメージ:masa / PIXTA