予約のとれない料理教室を主宰し、テレビや雑誌で引っ張りだこの「弱火シェフ」こと水島弘史氏。そもそも水島氏の代名詞である「弱火」って料理にとってどんな効果があるのでしょう?

弱火が活かされるのは主に肉を焼く時。変化が起こり始めるのは50度前後から。この「50度の時間」を大切に扱うことが、ジューシーな肉を焼くポイントだと水島氏はいうのです。なぜ弱火で火を通すことをおすすめしているのか、科学的に解説してくれました。

※本記事は、水嶋弘史:著『読むだけで腕があがる料理の新法則』(ワニ・プラス:刊)より一部抜粋編集したものです。

肉目線、魚目線で「温度」を考える「おいしい理由」

加熱調理で大切なことは、肉や野菜などの中で何が起きているかを知ることです。

コンロが弱火だとか中火だとか、オーブンが100度か200度か、という「環境」を考えるより前に、まず「素材目線」になって考えてみてください。

たとえば肉を焼く場合を考えてみましょう。肉は筋肉、スジや骨、皮など、そして多くの水分でできています。

加熱するにしたがって肉には、さまざまな変化が生じます。

肉の中では「50度前後」に、いろいろな変化が急激に起きていくことがわかります。「料理する人目線」で見ると、水分が出てくる、アクが出てくる、肉が縮む、といったことですが、これらが起きるのはすべてこの温度帯です。また味がしみ込みやすくなるのも、この温度帯。50度前後は、食材の内部と外部の「出入り」がとても多くなりますから、料理をする上で非常に重要な温度帯なのです。

▲肉の変化は50度前後で起こり始める イメージ:Graphs / PIXTA

いっぽう、「食べる人目線」で見ると、肉を「やわらかく食べられるポイント」がふたつあることに気づくでしょう。まず、内部まで火が通っていてしかも固くなる手前、もうひとつは、さらに加熱してコラーゲンがやわらかくなってからです。

つまり、60度前後に向かって固くなろうとする肉を「できる限り固くしない方法を工夫して加熱する調理」と、「コラーゲンがトロトロになるまで加熱をし続けた調理」のどちらかで、肉はおいしく、ジューシーに食べられるわけです。前者だけの工夫で作るのが、チキンソテーやビーフステーキなど。後者を利用するのが、シチューやポトフほかの煮込み料理ということになります。

食材を加熱するといってもフライパン、オーブン、グリル、ゆでる、油で揚げる、蒸す、と調理法はさまざまです。それぞれの調理法によって、基本的な加熱方法が変わります。すべての調理法で、ほとんどの場合にもっとも重要視されることは、「低速」=「ゆっくりと火を通すこと」です。

主にその観点から、素材にこだわらず「おいしく加熱する方法」について説明しましょう。

まず、もっとも身近なものが「フライパン」を使う加熱です。肉や魚介類を焼くソテーが代表的なものですが、おなじみの野菜炒めもソテーの原理はまったく同じです。

わかりやすい例として、チキンソテーの焼き方をちょっと「深掘り」してみましょう。

鶏のモモ肉、胸肉、どちらでもかまいませんが、「皮を香ばしく焼き、内部はジューシーに仕上げたい」と思った場合、多くの人は「まず油をひいたフライパンを強火で熱し、肉を入れて皮目に焼き色をつけ、あとは弱火に落とす」という方法をとりがちです。「皮に焼き色をつけてから、フライパンにフタをして蒸し焼きにする」という方もいるでしょう。

最初が強火であっても、おいしいチキンソテーが絶対にできないというわけではありません。ただ、皮目に焼き色がついてから火を落としても、強火で焦げ目がつくまでに熱したフライパンの表面は確実に200度を超えており、そのまま高い温度での加熱はどんどん進んでしまいます。

また、これはすぐに見た目でわかりますが、急激な加熱をすると、皮はあっという間に縮んでいきます。もちろん、皮だけではなく身のほうも同じです。フライパンの中で、肉はみるみるひと回り小さくなっていきます。

なぜ小さくなるのかといえば、肉の水分が外部に出てしまうからです。フライパンに水分がたまらなくても、出てきた水分はどんどん蒸発しています。つまりジューシーさが失われることで、肉は当然パサつく方向、固くなる方向へと変化していきます。

それは動物の細胞にとってはごく「自然」なことなのです。

▲急激に加熱すると肉はどんどん固くなっていく イメージ:yuruphoto / PIXTA