ウルムチ出身のウイグル人であるムカイダイス氏によるコラム『「国がない」という不幸』には、多くの反響があった。新疆ウイグル自治区において行われている中国政府による人権侵害は、世界各国でも問題視されているが、その実情を知らない日本人に、自身の半生を振り返りながら「国があり、そして主権国家の国民として生まれる幸せ」を考えてみてほしいと語るムカイダイス氏の思いが、少しでも伝わったのではないだろうか。
今回、福島香織氏の新刊発売を記念して行われた対談の模様を、ニュースクランチでも特別掲載することにした。改めて「国がないことがどういうことか」を考えてみたい。
福島先生は私にとっての「燕」です
福島 ムカイダイスさんの『ウイグル・ジェノサイド』(ハート出版、2021年3月)を読ませていただきました。素晴らしい本ですね。これが先にあったら私はたぶん『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP研究所、2019年6月)を書かなかったと思います。書く必要がないなって(笑)。
ムカイダイス ありがとうございます。実は私が『ウイグル・ジェノサイド』の執筆依頼のお話をいただいたのは、かなり前、2~3年くらい前でした。でも、それから病気で1年間入院したりして、なかなか書けない状況が続いたんです。だから、ハート出版の担当者の方に「書けないです」って伝えましたが、担当者は「永遠に、いつまでも待ちますから」と言ってくださいました。その言葉が本当にうれしかったですね。
それからウイグルに関することを、日本で、そして日本語で本にしてみたいという気持ちがいっそう強くなりました。それで、どんな本にしようかと考えていたときに、福島先生の『ウイグル人に何が起きているのか』が出たことを知って、すぐに買って読ませていただいたんです。
全体的にウイグルに対して、とてもやさしく書いてくださっていて、しかもウイグル問題の現状を、日本の社会に問いかけるとても意義深い本だと思いました。ぜひ一度ご挨拶して感謝の気持ちを伝えたいと思っていたので、今日、こうしてお会いできたことが本当にうれしいです。
それと、こういう機会があれば直接申し上げたいと前々から思っていたんですが、私の本のなかでウイグルのとある民話、地獄の炎で焼かれて苦しむ人々を目の当たりにした蛇と燕つばめの物語の一節を紹介しています。
燕は火を消し人々を助けるために口で水を運ぶ。
蛇は芝を拾って炎にくべる。そして燕を嘲笑いながら言う。
「愚かな燕よ! そんなことして火が消える訳がない。早く諦めなさい」
燕は答える。
「蛇よ、お前の目に苦しむ人々が映っていないのか。彼らを助けたい。私はその信念で動いている。多くの人が私のように信念を持てば地獄の炎が消えるからだ。お前こそ愚かである。いずれその炎でお前が焼かれるのは明白なのに、その炎を大きくしているのだ」
※『ウイグル・ジェノサイド』183ページより
この燕の話は、ウイグルの今後の見通しが明るくないなかでも、世界の一人ひとりが燕の信念に共感する世の中になってくれることを願って載せましたが、実は私にとっての燕は、福島香織先生のことであり、関岡英之先生※1や清水ともみ先生※2のことだったのです。
『ウイグル・ジェノサイド』を書く前に先生方の本を読んで、日本にも“燕たち”がいてくれたことに感動して、私もそれに続こうという気持ちであそこに入れました。
福島先生が「ウイグル人に何か起きているのか」という大きなテーマを、日本の社会に投げかけてくださったおかげで、みんな「何が起きているんだろう?」と考えてくれるきっかけになったと思います。それに導かれるかたちで、私も自分の本を書きあげて世に出すことができました。私はウイグル人を代表できる立場にはありませんけど、先生、ありがとうございます。
福島 こちらこそ、ありがとうございます。「ムカイダイスさんにこんなこと言ってもらったんだ」ってどっかで書いちゃおうかな(笑)。私のほうこそお会いできて光栄ですし、私の本が多少でもムカイダイスさんのお役に立てたと思うと、本当によかったです。
『ウイグル・ジェノサイド』の最初のほうでは、ムカイダイスさんの幼少期のことが書かれていますが、ウイグルが本当に素敵なところだということがよく伝わってきて、私もムカイダイスさんの故郷に行ってみたいと純粋に思いました。ウイグル問題のことを知っている日本人ほど、ウイグルに対して暗いイメージをもっていそうですが、そういう方がムカイダイスさんの本を読むと、そのイメージがガラっと変わるでしょうね。きっとみんなも行ってみたいって思うんじゃないかな。
日本人でウイグル問題に取り組んでいる方や、ウイグル人の活動家の方が書かれる文章は、真面目でウイグル問題の深刻さは伝わるかもしれないけれど、やはりその分、アクセスする人が限られてしまう一面があると思うんですよ。その点、ムカイダイスさんの書く文章は、本当に抒情があるというか、詩的っていうか、これまでウイグル問題に関心のなかった人々にも届く力があります。そうした魅力もあって、本当に素敵な、完成されたご本だなと思いました。