イスラム世界に浸透する中国の美女工作

福島 私が不思議に思うのは、どうして世界最大の人口を抱えるイスラムの人々が、一致団結してウイグルの味方をしないのか、ということです。中国と経済的な関係が深いイスラム教国が多いことはもちろん知っていますが、それにしても「おかしいことはおかしい」となぜ言ってくれないのかな、と。ムカイダイスさんから見て、その原因はどこにあるとお考えですか?

ムカイダイス 原因のひとつは、やはりイスラムとイスラム諸国が非常に貧弱化しているということですね。政権そのものが中国のお金で買われているような状態だったり、あるいは中国に多額の借金をしていたり。

それと、日本ではまったく知られていませんが、お金とは別の次元で、アラブ・イスラム諸国への中国の侵食が進んでいるんです。たとえばサウジアラビアやトルコでは、アラビア語の中国メディアが大人気で、すごく支持されています。かなり露骨なやり方なんですけど、目を疑うような美しい女性をたくさん使っているんです。

福島 漢民族の女性ですか?

ムカイダイス ええ。本当にきれいな漢民族のお嬢様たちです。彼女たちが、スカーフを巻いて、完璧なアラビア語を操りながら記者として働いています。それも数十人とかじゃなくて、何百人、何千人。男性はほとんどメディアには関わっていない。

美しい漢民族の美人レポーターが、ペラペラのアラビア語を使いながらウイグルを訪れる様子が放送されると、見ている人たちは「なんだ、ウイグルって、すばらしいところじゃないか」って思うわけです。だから「同じムスリムのウイグル人を助けなくちゃ」っていう声が形成されにくくなる。

こういう点に関して、中国は本当に賢いと思います。すごく頭を使っている。普段、女性を見ることができないアラブ・イスラム世界のメディアには、こうした美女をたくさん使う手法は大変効果的なんです。それを中国はもう10年も20年も前からやってきた。こういう分野で中国が一番力を入れてきたのが、アラブ・イスラム世界なんです。

その結果、今ではあまり美人ではない漢民族の女性ユーチューバーでも、5万や6万のアラブ人男性のファンがついているような状況です。完全に中国が先手を打つことに成功しています。アラブ・イスラム世界のことがよく見えているんだなって思いましたね。中国共産党の恐ろしいところです。

アラブ・イスラム世界がもっとも信頼している日本

ムカイダイス 中国との経済的なつながりや、中国のメディア工作というのは外的な要因なんですけど、もうひとつ、アラブ・イスラム世界が一致団結してウイグルに味方できない内的な要因があります。それは、彼らが同じ宗教、同じ民族でありながらも、実際のところは分裂状態にあるということです。一般的にアラブ・イスラム世界のリーダーとみられているサウジアラビアだって、国王のサウード家のルーツは荒くれ者の田舎武士で、正式な預言者の末裔ではありません※1。だから他のアラブ諸国は、サウジを尊敬しておらず、むしろサウジがイスラムの聖地メッカを支配していることに腹を立てているくらいなので、なかなかひとつにはまとまれないんですよ。

それに加えて、現在ウイグルの人権問題に高い関心をもっているのが、アメリカを中心とする西側キリスト教社会だということも、アラブ・イスラム世界の人々にとってはネックになっています。言ってしまえば、アメリカはイスラムの“敵”ですよね。

だから、アラブ・イスラム世界の人々からすると「アメリカが中国のことをいろいろ悪く言っているけど、本当にウイグルにそんなひどいことしているのか? 中国は俺たちには良くしてくれているぞ」という発想になるんです。ようするに「アメリカの言っていることなんて信用できない」と。

でも日本は、アラブ・イスラム世界でもっとも信用されている国です。だから、彼らはアメリカの言うことは信じなくても、日本がウイグル問題を発信してくれれば絶対に信じてくれるんです。アラブ・イスラム世界の国々にとって、日本ほど信頼できて、尊敬できるパートナーは他にいません。彼らは、日本が第二次世界大戦中にイスラムの価値観を本質的に認めて、支配することもなく、服従させることもなく、敬意をもって接してくれていた歴史を知っています。

アメリカは、イラク政策を見てもわかるように、すぐにイスラムを支配したがりますが、日本はそれをしなかった。だから、アメリカとは対立しましたが、日本とはわだかまりもなく素直に友情関係を結べます。非イスラム国家でそんなことができるのは日本だけです。その事実を日本の皆さんにはもっと知ってほしい。

≫≫≫ 明日公開の-その4-へ続く

▲エイティガールモスク 出典:PIXTA
※1 サウジアラビアは、アラビア半島中央部の地方豪族だったサウード家によって1932年に建国された。もともとサウード家は「聖戦(ジハード)」の名のもとに周辺部族への略奪・侵略を繰り返し、アラビア半島で勢力を拡大していった。

※本記事は、福島香織:著『ウイグル・香港を殺すもの - ジェノサイド国家中国』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。