新疆ウイグル自治区は現代に誕生させたパノプティコン 

パノプティコンとは、イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムが設計した「全展望監視の監獄」のことです。

▲ベンサムによるパノプティコン構想図 出典:ウィキメディア・コモンズ

ベンサムは「最大多数の最大幸福」を唱えたことで知られる功利主義者で「社会を不幸にする犯罪者を常に監視下に置き、生産的労働習慣を身につけさせて、自力更生力をつけさせるよう教育・改造するシステム」の監獄として、パノプティコンを考案しました。

当時のイギリスの監獄が非人道的な環境だったので、犯罪者の更生と幸福の底上げが社会全体の幸福につながる、という発想から生まれたものです。

パノプティコンの構造は、真ん中の監視塔を囲むように円形・放射状に収容個室が配置され、少数の看守がすべての収容房を見渡せるようになっています。

ポイントは、少ない看守で大勢の収監者を監視できる効率性です。建物の構造上、監獄に外側から光が入ることで、監視塔の監視員の姿は逆光で見えません。つまり、囚人同士はお互いが見えず、また個々の囚人からは看守の姿も見えないようにしているのです。

囚人たちは、看守に監視されていることを常に意識しながらも、自分からは看守の姿が見えないので、自発的に規律を守る従順な行動を取るようになります。そうなると当然、看守からすれば非常に監視・監督しやすくなります。このような環境下で、囚人には職業の自由が与えられ、労働を通して更正の機会が与えられます。

まさに“運営の経済性”と“囚人の福祉”を備えた「理想の監獄」というわけです。このパノプティコンは、20世紀のフランスの哲学者ミシエル・フーコーが『監獄の誕生――監視と処罰』(田村俶:訳、新潮社)のなかで紹介し、管理統制社会の比喩として使われるようになりました。

“見えないが確実に存在する権力の監視”によって、人々は規律化され、従順になる。権力者は少ないエネルギーで、大勢の人間を監視・監督しやすくなる。すなわち、権力者は人々を身体的に拘束しなくても、精神的に拘束することで彼らを従順にすることができる、というわけです。新疆ウイグル自治区は、まさに中国共産党が現代に誕生させた「パノプティコン」だといえます。

ベンサムの考えたパノプティコンは、建築構造によって少数権力者による多数の囚人の監視と、その規律化・従順化の手法を得ました。対して、今日の中国共産党は、ITやAIなどの最新技術、あるいはビッグデータなどを駆使して、それと同じような監視システムを実現しています。

▲ウルムチでは交通違反者の顔を晒して社会制裁を行う(福島氏所有写真)

今はまだ、中国版パノプティコンはシステムの初期段階であり、国際社会がはっきりと認識できる“暴力的な手法”も使っているので、比較的に非難・批判しやすい状況です。しかし、今後さらなる技術の進歩で監視システムが発展すれば、国際社会から見えるような暴力的手法は必要なくなり、ウイグル人ら“被監視者”は自ら権力の望むように、規範的で従順に行動するように“調教”されていくことでしょう。

それは身体の拘束よりも、さらに残酷で苦しい精神の拘束なのですが、外から見れば彼らは“平和”と“自由”を享受しているように見えるのです。もはやそこが、つくり物の「テーマパーク」であることに、誰も気づけなくなる日がくるかもしれません。