2019年の香港での抗議活動で、100万人規模のデモを組織した民主派連合の市民団体「民間人権陣線(民陣)」が先日、解散したと発表しました。習近平指導部は「香港の反体制派撲滅」を目指しており、今後も反中国を掲げる市民団体の多くが解散に追い込まれそうだ。今年の6月に香港メディア『蘋果日報』が停刊に追い込まれたのもそのひとつ。香港の報道体制は今どうなっているのか、そのあたりの事情をジャーナリストの福島香織氏に聞きました。

※本記事は、福島香織:著『ウイグル・香港を殺すもの - ジェノサイド国家中国』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

兵糧攻めで停刊に追い込まれた『蘋果日報』

2021年6月、香港における報道の自由の精神をもっとも体現していた『蘋果日報』が、習近平政権によって潰されました。

実のところ、黎智英(ジミー・ライ)が2020年2月・8月・12月と三度逮捕され、2021年5月までに違法集会組織や違法デモ参加の罪で、累計20カ月の禁固刑判決を受けたあたりから、その危機は避けられぬものとの予感が強まっていました。

蘋果日報本社とネクスト・デジタル本部は、2020年8月と2021年6月の二度にわたり、香港警察のガサ入れを受けています。

2021年6月17日のガサ入れは、1回目よりも厳しいものでした。動員された警官は500人。取材資料44枚分のディスクが押収され、香港国安法違反の名目で幹部6人がそれぞれ自宅で逮捕されました。いずれも「外国勢力との結託による国家安全危害」の容疑がかけられての逮捕ですが、具体的にどのような言動がその容疑にあたるかは明らかにされていません。

なお、このガサ入れのとき、警察は記者のパソコンを勝手に開けて資料を持ちさったそうです。これに対して香港記者協会主席の陳朗升は「非常に深刻な問題だ。報道倫理からすれば、記者はニュースソースの身元を必ず保護しなければならない」とコメントしています。『蘋果日報』の幹部らが逮捕されたことも、陳朗升によれば「明らかな原則の崩壊」だといいます。

彼らには言論の自由、報道の自由があるべきで、報道自体を理由に逮捕されることは、報道の自由の原則からいえばおかしいわけです。また、同じく6月17日には、ネクスト・デジタルの資産230万ドルも凍結されました。前月の5月14日には、ネクスト・デジタルの株71%を含む黎智英の個人資産も、香港国安法違反で凍結されています。これを受けて、台湾で発行されていた『蘋果日報』の紙版も停刊になりました。

この2回にわたる資産凍結が『蘋果日報』とネクスト・デジタルの運営にとどめを刺したわけです。黎智英も、現場の記者たちも闘志を持ち続けていたし、香港市民も『蘋果日報』を応援し続けていました。しかし、運営資金が尽きたことで『蘋果日報』は停刊せざるをえなくなりました。

▲黎智英氏 出典:ウィキメディア・コモンズ

国安法は、このように個人や上場企業の「財産」をいつでも奪うことができます。資本主義経済、自由主義経済で最も重要な原則のひとつ、神聖にして不可侵な財産権などの権利を平気で踏みにじることができるわけです。

中国共産党や香港政府に批判的な言動をしただけで、国安法によって香港の口座にある財産を凍結されるのだとしたら、香港に口座を持っている外国企業や個人も、香港デモを応援した場合などには、国安法違反で口座を凍結されるリスクがあることになります。そんな都市が国際金融やビジネスのハブでいられるわけがありません。

こうして言論の戦いでもなんでもない、“兵糧攻め”で『蘋果日報』は停刊させられ、香港の報道の自由は殺されてしまったのです。同時にそれは国際金融都市としての“香港の死”でもありました。