2021年8月、中国人民解放軍は声明で、台湾付近の空域および海域で軍事演習を実施したと表明しました。演習は外部からの干渉と、台湾独立勢力による挑発への対応としています。親中派に限らず、日本人は中国が戦争を仕掛けてくるなんて夢にも思ってない人が大半。しかし、そういった人々の何%が、今の中国人民解放軍の実力や内情を知っているのでしょうか。ジャーナリストの福島香織氏が警鐘を鳴らします。
※本記事は、福島香織:著『ウイグル・香港を殺すもの - ジェノサイド国家中国』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
人民解放軍は“弱い”から大丈夫?
親中派に限らず「中国が戦争を仕掛けてくるなんてありえない」という意見の人たちが、意外とたくさんいます。しかし、彼らの話をよく聞いてみると、その大半は“人民解放軍の実力に対する評価”と“戦争に対する認識”が、ひと昔前のままで止まっていて、アップデートされていません。
そもそも、彼らは人民解放軍を過小評価しすぎています。たしかにひと昔前は、数字上の戦力はあっても、規律の緩んだ“弱い”軍隊だったかもしれません。しかし、習近平政権になってから「強軍化路線」の軍制改革が進められ、実践を想定した訓練も増えました。
習近平政権は、今世紀半ばまでに「戦争ができる、戦争に勝てる」一流の軍隊を建設することを大目標の一つに掲げています。それを受けて、2019年3月1日には『解放軍軍事訓練監察条例』が施行され、解放軍が習近平の要求する実力に到達しているかを実戦想定レベルではかるための基準や制度が整えられました。
軍事費の増大に関しては、言わずもがなです。中国政府が2021年3月5日の全人代で公表したところによると、2021年の国防費予算(中央政府分)は、前年比6.8%増の1兆3500億元(約22兆6000億円)にものぼりました。ちなみに、中国の国防費のなかには兵器開発費や、外国からの武器購入費はほとんど含まれていません。一般に公表されている国防費の3倍ぐらいが、実質的な国防費であろうとみられています。
一方、日本の防衛費の2021年度予算は、7年連続で過去最大を更新しているとはいえ、中国の4分の1以下、5兆3422億円に過ぎません。
これらの事実を踏まえると、習近平が軍を掌握しているか、あるいは解放軍が習近平に忠誠を誓っているか、という問題は別にしても、解放軍の実力は“確実に伸びている”とみて間違いないでしょう。
米国防情報局(DIA)や、アメリカのシンクタンクのランド研究所などが出している中国軍の実力評価に関するレポートを読むと、ものすごく評価の高い部分と低い部分が混在している印象があります。
評価の低い部分はまず、軍事人材が極度に欠乏している点です。これには軍人の練度や、反腐敗キャンペーンなどの権力闘争に伴う優秀な軍人のパージ、軍内の腐敗なども影響を及ぼしているでしょう。
一方、評価されているのは、宇宙空間の利用やサイバー攻撃、情報心理戦や法律戦などを伴う「情報化戦争」に対する準備を、大きく進めている点です。宇宙軍やサイバー軍などの領域も、将来を見越して予算と人的資源を積極的に投入しています。
また、軍民融合戦略として、中央軍事委員会科学技術委員会などに民間人を入れたり、戦争行為以外の非軍事行動を行う「複合型軍人」を増やしたりするなど、中国は“戦争に勝つための非戦争行為”を、軍民協力して行う能力が高いとされています。
たとえば、解放軍海軍と海警局と漁民(海上民兵)の連合作戦能力などは、中国が領有権を争う岩礁の実効支配などで効果を発揮してきました。
その他、DIAのレポートでは、艦船設計や中長距離ミサイル、ハイパーソニック兵器など中国の一部の軍事技術は、すでに世界の最先端に達していると評価しています。はっきりいって、今日の人民解放軍の実力は決して侮っていいものではないのです。