日本はエネルギー自給が少ない国です。電力は石炭・石油・天然ガスでの発電が70%を占め、原発・水力などの再生可能エネルギーは25%だけであるのが現状です。再エネを促進する政策が政府では取られていますが、電気代が上昇することは避けて通れません。2030年においては、家庭の電気代が5倍になるという予測もあります。月1万円の電気代が5万円になったらどうなりますか? 工場は、電気代の安いアジアの国々へ移転する可能性も高まりますが、その分国内の雇用は無くなります。

今、注目される新産業「EV」(電気自動車 / Electric Vehicle)をテーマとして、脱炭素と日本のものづくり産業の大問題に、加藤康子氏(元内閣官房参与)、池田直渡氏(自動車経済評論家)、岡崎五朗氏(モータージャーナリスト)の3名が、脱炭素と日本のものづくり産業の大問題を徹底討論!

※本記事は、加藤康子×池田直渡×岡崎五朗:著『EV推進の罠 「脱炭素」政策の嘘』 (ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

豊田章男社長の発言に注目が集まる

加藤 政治家の動きに対して、豊田章男・自工会会長(一般社団法人 日本自動車工業会/以降、自工会)の発言に大変に注目が集まっていますね。

池田 自工会っていうのを簡単に説明しますと、日本の自動車産業の関係者が集まり「自動車産業全体の調和を図って、より健全な発展をしていきましょう」という主旨で作っている会ですね。

加藤 私は、この豊田氏のコメントに本当に衝撃を受けました。会長は相当厳しいことを仰っています。

▲豊田章男 自公会会長  出典:ウィキメディア・コモンズ
〈自工会・豊田章男会長発言(2020年12月17日)のまとめ〉
・2050年のカーボンニュートラルを目指す菅総理(当時)の方針に全力でチャレンジする
・ただしサプライチェーン全体で取り組まなければ、国際競争力を失う恐れがある
・欧・米・中と同様の政策的財政的支援を要請したい
・自動車業界として、CO2排出量削減、平均燃費向上は実現している
・国家のエネルギー政策の大変化なしには達成は難しい
・国内の乗用車400万台を全てEV化したら、原発がプラス10基必要
・充電インフラの投資コストが、約14兆円から37兆円必要
・電池の供給能力は、今の約30倍以上必要(コスト2兆円)
・ものづくりを国内に残して、雇用を増やし税金を納めるという自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう
・自動車産業はギリギリのところに立たされている

池田 このなかで、最も衝撃的だったのは「もし日本の乗用車400万台を全てEV化したら、原発をプラス10基作らないと電気が足りない」というところですね。

冬場とか夏場なんかは日本中の電力が逼迫して大変なことになるんですけど、国民の日々の営みより、EV化の方が大事だなんて、とんでもない事態です。

電気を送るためのインフラ、充電するインフラ、集合住宅に住んでいる人たちのための充電システムを含め、ありとあらゆるものが足りない。

加藤 なんと、EV用の充電器を設置するには、37兆円分のインフラ投資が必要だそうです。

池田 それを「明日からすぐやれっていうけど、できるんですか?」と問いたい。そんなことできないですよね。小泉進次郎さんは「2050年までにやればいいんだっていうのは間違いで、もっと早くやるんだ!」と仰るけど、じゃあ何年までにやるのが正しいと言えるんですか?

設計図を予算計画付きでちゃんと書いて示してくださいよ。現実的な作業日程を各企業に配ることは果たしてできるんですか? プロジェクトってそうやって回すもんでしょう。

でも、その設計すらしてない段階で、ただ「早くするのが正しい」って言われても、それはただの絵に描いた餅です。それだったら明日やれといったほうがもっといいじゃないですかって……、小池さんと同じ話になってしまうわけですよ。

加藤 まったく軽薄ですね。

岡崎 この豊田会長の発言は5分ぐらいで読めますし、これが今の自動車産業界と日本の全てなので、皆さんじっくり読んでください。

池田 トヨタ自動車社長の豊田さんじゃなくて、“自工会会長の豊田さん”の発言であることも重要なのです。

すべてEVになっても世の中がバラ色になるわけではない

岡崎 これまでクルマの評論は専門家がするものでした。ところがEVという新しいジャンルが出てきた結果、いろいろな分野の人がEVについて語り始めたんですね、ITジャーナリストとか。

池田 経済評論家とか。

岡崎 そう。それ自体はとてもいいことなんですが、いざ読んでみると、どうも「EVになったら世の中バラ色」っていうようなことを仰る方が多い。

僕らは日々、自動車産業のエンジニアと接することが多くて、実際に話を聞いているわけですね、現場で。

で、誰もが「すぐに全部EVなんて無理」って言うんですよ。これはもう日本のエンジニアだけじゃなく、海外の自動車メーカーでも同じです。「トップはああ言っているけど、すぐに全部EVなんて無理」って、現場のエンジニアはみんな言っています。

池田 EVそのものが無理っていう意味じゃないんですよ。EVも大事な技術です。ただ現実問題として全部をEVにするのは無理だけど、一部適性がある人たち(あるエリアの人、例えば持ち家で充電器がすでに付いているとか、お財布に余裕がある人)であれば、EVで楽しい生活はできる。

岡崎 でも日本中の、ましてや世界中のクルマを短期間のうちにEV100%にするというのは、絶対に無理な話なんです。

池田 そうです。「どこでも、誰でもEV」っていうには、まだまだ限界があります。

そこを支えているのが、高効率の内燃機関、要するに低燃費の普通のエンジン車やハイブリッド車なんです。

そういったいろんな技術が言ってみれば、EVという独り立ちできない息子を支えているわけですよ、お父さんお母さんとして一生懸命に。

▲「EV」(電気自動車 / Electric Vehicle) イメージ:PIXTA