髪を切ることが防大女子として最初の関門となった

防大生には毛髪の長さの指定がある。染髪は当然禁止だ。女子は1学年のみショートカットにせねばならず、その長さも耳や襟足が完全に隠れればアウトと決められている。

春高バレーでよく見かける髪型、と言えば想起しやすいだろうか。ショートのなかでもベリーショートの部類だ。うら若き十代の乙女が、この髪型にするのはなかなかの決意がいる。

私は高校時代、いわゆる「お姉系」を軽く自称していた。休日には髪をコテでグルグルに巻き、大人っぽい服装を好んで着用していた私にとって、この“髪を切ること”が防大入校への第一の関門となった。

髪を切ったあと、はじめて襟足をバリカンで整えられるという経験をしたとき「女子としての私はいなくなった」と心の中で泣いたものだ。

取材のなかでも「入校してすぐ『やめてもいいよ』と母親から言われたが、こんな髪型で家に帰る勇気がなかった」と話す者もいた。

▲頭を抱える1学年の女子学生 [松田氏所有写真]

女子のなかには、この髪型を“あまり気にしていない”というツワモノもいるにはいたが、“好ましい”と思っている者は聞いたことがない。2学年の5月以降は伸ばしてもよくなるため、皆その時期を心待ちにしていた。

なお、伸ばしてよいと言っても、基本的には伸びた髪はまとめておかなくてはならないため、男子学生の前で髪をおろした姿を見せることはあまりない。

入校後、しばらくは鏡で自分の姿を見るたびに落ち込んでいたが、同時に1学年時はドライヤーで髪を乾かす時間すら取れないため、あっという間にドライヤーいらずで髪が乾く髪型は、防大1学年の生活を送るうえでは“なるほど合理的”だとも思うに至った。

ちなみに、男子の髪型は“帽子からはみ出さない”が基準となる。そのため、トップには多少ボリュームを残し、サイドが短いといった男子が量産される。この髪型は1学年であろうが4学年であろうが、はたまた部隊に行こうが、たいして変わらない。

駐屯地や基地のある地域でこういう髪型をした屈強な男がいたら、それはだいたい自衛官だと思って間違いない。

ただ、最初のうちは「みんな似たような髪型で同じ制服を着て、見分けがつかない」と思っていたのが、皆が同じ服装だからこそ、その人の持つ本質的な個性がより浮き彫りになることを実感したのは面白い発見だった。

わずか5日で1割が退校していった・・・

防衛大学校に到着したのは4月1日。入校式は4月5日。この期間は、通称「お客様期間」と呼ばれ、まだ防大生として正式に認められない期間となる。最初は歓迎ムードで迎え入れてくれ、優しかった上級生も、入校式を終えて正式に「1学年」として認められると一転、厳しい態度になる。

この数日間は、“すぐに防大をやめられる期間”でもある。入校までに退校の意思を伝えると即日受理され、家に帰ることができるが、入校式を過ぎてからの退校手続きは、完了までにかなりの時間がかかるようになる。

上級生も、やめるなら早いほうが本人のためになると信じているので、この「お客様期間」にあえて厳しい態度を見せつける。ただし、まだお客様の1学年に、ではなく、2学年に“これでもか”というほどの指導をし、1学年を震え上がらせるのだ。

とはいえ、私は「仮にも幹部自衛官になると決意して入校してきたやつが、数日やそこらでやめるわけがないだろう」と思っていた。仮にも軍隊組織であり、入校案内にも「熟考し、しっかりとした自覚と、やり抜く覚悟を持って入校することを期待する」と書いてあるくらいだから、厳しい場所であることくらいはわかっていただろう、と。

しかし、学生の数は目に見えて減っていった。私の隣に座っていた北海道から来た女子学生も、2日目までは「とりあえず最初の給料日までは頑張ろう」と言い合っていたのに、3日目には「ごめん、無理だわ、やめる」と去っていった。

毎日、入校式のための練習があり、最後に学生代表が「総員○名!」と言う場面があるのだが、うろ覚えだが当初520名ほどいた学生が、入校式当日には470名超になっていた。わずか数日で約1割が減った。

▲パレードの(観閲式)の様子 [松田氏所有写真]

※本記事は、松田小牧:著『防大女子 -究極の男性組織に飛び込んだ女性たち-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。