防衛大学校に入学した、いわゆる「防大女子」だった松田小牧氏が、なにかと好奇の目で見られがちな防衛大学校のリアルを語ります。防大での訓練時間は4年間で1000時間ほど。しかし、陸海空で訓練にも格差があるそうです。

汚い東京湾で毎日水泳訓練

防大、と聞いてイメージしがちな訓練の授業は、実は日常的には週に1回、2時間程度しかない。それに加えて春、夏、冬(1学年のみ秋も)にまとまった訓練期間がある。特に夏は約1カ月間、訓練のみを行う。トータルすると4年間で1000時間ほどになる。

2学年進級時に陸海空、どこの要員になるかが決まり、それ以降は各要員ごとの訓練となるので、防大生全員が共通して受ける大きな訓練と言えば1学年の「遠泳」「北富士・東富士演習場での秋季訓練」、2学年の「カッター」「富士登山」、3学年の「断郊」「スキー訓練」「硫黄島研修」、4学年の「持続走」くらいだ。

▲3学年の硫黄島研修の様子 [松田氏所有写真]

1学年の遠泳は東京湾を8キロ、4時間超をかけて泳ぐ。水泳が得意でなかった学生も、防大では気がつけば泳げるようになっているので、誰にとっても本番がめちゃくちゃキツいというわけではない。

特に、海は浮力が得られるうえ、波によって勝手に体が進むので、波のないプールでの練習のほうがキツい、という声が多い。

本番には休憩時間もあり、船の上から乾パンが投げられる。それをキャッチして(ほとんどはキャッチできず、海に落ちた乾パンを)食べるので「私は鯉か」と心の中で思った記憶がある。が、2度と食べることはないだろうし、食べたいとも思わないけれど、海水につかり塩気を増した乾パンは思いのほかおいしかった。

海で嫌なこと、それはまず汚さだ。東京湾の水はめちゃくちゃ汚い。夏季訓練期間中は毎日のように水泳の訓練があるが、1学年は毎日洗濯機を回せない(物理的に時間がないのと、洗濯機の使用も上級生が優先される)ため、入浴の際に併せて浴場で洗うことになる。水着を洗った水は緑色になり「こんな中で毎日泳いでいるのか……」とげんなりさせられる。

加えて、女子には日焼けという大敵もある。ずっと水中にいるので、日焼け止めは意味をなさない。しかも、水着の背中部分がなぜか丸く空いているので、世にも不思議な日焼け跡となる。また、ゴーグルを着用しているとゴーグル型の跡もつく。泳法は平泳ぎだが、なまじ泳げる者ほど顔を上げて泳いだりするので焼ける。夏季定期訓練が終わるとすぐに夏季休暇に入るので、パンダ目のまま帰省する学生も多い。

また、遠泳は隊列を組み、乱さないように泳ぐ。すなわち、前にも後ろにも横にも一定間隔で女子の隣に男子がいる状態だ。ほとんどの高校では、水泳の授業が男女別に行われることもあり「スクール水着で平泳ぎをしている自分のすぐ近くに男子がいるのが嫌だった。本番では、ずっと後ろの男子の手が足に当たってイライラした」と振り返る女子もいた。

▲遠泳風景。ここでも隊列を乱さず泳ぐ [松田氏所有写真]

ただし、男子のほうでも「泳ぎ方を教えるときに触らなくちゃ教えられないけど、触っていいのかとか悩むし、そんなことを聞いたらかえって気持ち悪いと思われないかとか、めっちゃ悩んだ」という意見もあった。

いろんな意味で、女子に厳しい側面のある訓練だ。ただ「溺れかけたとき、教官が『待ってろ、今助けるからな』と飛び込んできてくれたときは危うく惚れかけた」と振り返る女子がいるなど、どんな局面でも楽しさを見出すことは、苦しい生活を乗り切る秘訣となる。

手の皮どころかお尻の皮もむけるカッター訓練

2学年になると、それぞれの志望と適性に合わせ、要員ごとの訓練が始まる。ただし、春の時点では、要員としての訓練よりも中隊として行う「カッター訓練」のほうがよっぽど厳しく、印象に残るものになる。

カッターとは、そもそも旧日本軍の戦艦に艦載されていた救命艦だ。全長約9メートルで、艇長と呼ばれる者が舵を取り、艇指揮と呼ばれる者がかける号令に合わせ、12名の漕ぎ手がそれぞれオールを操作する。全身を使って漕ぐので、全身の筋肉痛はもちろん、手の皮、お尻の皮がむける。

▲カッター訓練の様子 [松田氏所有写真]

小型の手漕ぎボートであるカッターの訓練が、上級生になるための最後の試練だ。ここを乗り切れば、上級生から怒鳴られ続ける存在が1学年に移り、加えて女子は髪を伸ばすことが許される。心の中でカウントダウンを始めた2学年を前に、上級生も腕によりをかけて指導する。一年をかけて防大の生活に慣れてきた者でも、心身共に追い詰められるのが、このカッター訓練期間となる。

上級生からの苛烈な指導、身体的にキツい訓練に加え、何も知らない1学年への指導や、1学年がミスをした際の連帯責任などが一気にのしかかってくる期間に、もう限界だと防大を離れる者すらいる。この期間を終えれば、退校者はぐっと少なくなる。

なお、カッターは乗れる人数が限られているため、乗れなかった者は陸上でのトレーニング部隊(陸トレ)に回される。

カッター本番は中隊ごとの対抗レースで、全学生を挙げての盛り上がりとなり、終わったあとの2学年は、やりきった充実感と、ようやく上級生になれるという喜びに満ちあふれる。

▲カッター競技会当日の応援の様子 [松田氏所有写真]