旧日本軍から続く伝統行事「棒倒し」

競技会に話を戻すと、全員参加ではないが熱狂的な盛り上がりを見せるものがある。それが「棒倒し」だ。棒倒しは11月第2週の土日に開催される開校祭において行われる、旧日本軍から続く伝統行事である。

ルールは簡単。相手チームの陣地に立っている棒を相手より早く倒す、というものだ。近年は毎年のように報道番組で特集が組まれており、目にする機会があるかもしれない。

▲棒倒しの様子。激しい取っ組み合いが繰り広げられる [松田氏所有写真]

一見シンプルなようでいて、これには高度な作戦が必要となる。どのように攻めるのか、どのように守るのか、誰をどこに配置するのか等々。各大隊の「棒倒し総長」の指揮下で、毎日綿密な訓練が繰り広げられる。

攻めと守りは荒々しく取っ組み合うことになるため、毎年この時期になると怪我人が増える。練習で捻挫や骨折をして松葉杖姿の学生を見ると「あぁ秋だな」と思う。また、これは学年が全く関係ないので、1学年のなかには「日頃の恨みを晴らすチャンス」と殊更に張り切る者も出てくる。

そんな熱い棒倒しだが、女子は選手として参加することができない。女子が参加するには男子との体力差がありすぎて危険なためだ。毎年「女子をチームに入れれば相手チームが触れないからいいんじゃないか」という話が冗談として出てくるほどである。ただ「参加したい」という声も聞いたことがない。

女子が棒倒しに参加できるのは「安全」と「偵察」のみ。「安全」は自チームの怪我人の確認や、眼鏡といった壊れやすいものを預かる係。「偵察」は敵チームの練習風景を観察して、その結果をチームに告げる係だ。それでも、本番は皆でおおいに盛り上がる。それでいいと思う。

各種競技会では、大隊ごとの“のぼり”を立て、競技者を全力で応援する。勝てば抱き合って喜ぶ者もいれば、涙を流す者までいる。優勝したときに、掛け声を上げながら校内を練り歩くのも楽しい。「青春」を感じる一コマだ。手に入るのは「優勝大隊」としての名誉と看板。加えて、時に指導教官の計らいにより、しばらくの間、日朝点呼免除(ラッパで起きることは起きる)と言われると、その喜びがさらに増す。

▲競技会優勝を喜ぶ学生。勝者には文字通り「看板」が与えられる [松田氏所有写真]

世の中には3種類の性別がある。男、女、防大女子だ!

男子と女子で違うところはほとんどない。授業内容はもちろん同じで、一般的にもよく聞く話だが、総じて女子のほうが真面目なため、学科の成績は女子が高くなりがちだ。「女子は学力的にも精神的にも優秀だ」とは多くの指導教官が認めるところになる。また、訓練内容も全くの同一。女子だから走る距離が短いとか、腕立て伏せの回数が少ないことにはならない。 

加えて、女子特有の“装いに時間をかける”こともない。制服があるので服装に悩んだり、基本的に常にすっぴんなのでメイクに時間がかかることもない。明確に化粧を禁止されているわけではないが、もし平日に化粧をしようものなら、女子よりも男子から「あいつ、なんのために化粧してんの。ここをどこだと思ってんの」と言われることになる。

防大は、いわゆる“一目でわかる女性らしさ”が歓迎される場所ではない。ただし「女子」としての自分を、いやがおうでもかなり感じさせられることにはなる。現代の日本において、高校までの期間に男女差を意識することは少なくなっていると思う。

防大に入校を決めるくらいだから、それなりに気が強く、意識せずとも男子と肩を並べていた女子も多い。だからこそ「女子」として意識せざるを得ないことに当惑する者もいる。

まず、たいていの女子は、入校して間もなく上級生から振る舞いについて、いくつかの忠告を受けることになる。

「女子は数が少なくて目立つから気をつけろ」「誰か一人がミスをすると『これだから女は』と一括りにされる」「女だからって人前で涙を見せるな」「はじめはつい上級生がかっこよく見えるかもしれないが、恋愛は慎重に」……等々。「女だからといって、女であることに甘えるな」といった言説が中心だ。

防大時代、女子がかけられる言葉がある。

「世の中には3種類の性別がある。男子、女子、防大の女子学生だ」

いつから言われ出したのかは定かではないが、脈々と受け継がれているようだ。決して「女」とは認められず、かといって「男」にもなれない女子学生のありようを表現している言葉だと思う。これは防大女子を成長させるが、一方で苦しめることにもなる。

※本記事は、松田小牧:著『防大女子 -究極の男性組織に飛び込んだ女性たち-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。